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つくり話

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ENMA

ENMA

「冷やしタヌキの並、刻み海苔とウズラを抜きにして、その分値段を安くしてくれるかい」
 初老の男性がカウンター越しにそう注文した。肘まで捲った作業服の袖から日焼けした筋肉質の腕が伸びている。柔和な口調の裏に高圧的な態度が透けていた。相手が若い女性店員だからかもしれない。
 県内に6店舗を構える人気のうどんチェーン「む碍ん」の永津久店。これから正午を回ろうという時刻だが駐車場はすでにいっぱいで、店内に

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アメリカの女子高生が早起きして、片思いの男の子と一緒にトンボの羽化を見る話

アメリカの女子高生が早起きして、片思いの男の子と一緒にトンボの羽化を見る話

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美容室で昔のジャッキー・トニー・ショーの再放送が流れています。
テレビの中で尻に電撃を浴びたり唐突にびしょ濡れになったり意地の悪い言葉でいじり倒されているコメディアンたちを見てなんとなく下に見ていたけれど、高校生になってからテレビに出られているだけでも、彼らには一握りの輝かしい才能と運が備わっているということが分かりはじめ、何だったら1回の放送で父が1ヶ月頑張って働いたのと同じくらいのお金

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イール・ターナー

イール・ターナー

千のクラッカーの紐を一気に引っ張ったような音。瞬間的に室温が3度くらい上がる。
「今、西暦何年?」
閃光と共に目の前に現れた女が俺を指差して尋ねる。誰? 日本人? でも訊かれたから答える。
「2018年です」
俺が言い終えるが早いか女は手に持っていた長い針のようなものを俺の太もも目掛けて振り下ろす。振りかぶりの予備動作が大きかったから椅子から立ち上がりながら余裕で避けれるし、渾身といった感じの一撃

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クラクション

クラクション

細い路地で道を譲ってくれた軽四に対し、おじさんはハンドルの中央を撫でるように2度叩いた。スタッカートの効いた、鼓膜に快く弾むクラクションの音は確かに「ありがとう」と響いた。
「おじさんのクラクション、喋ってるみたいだ」
僕が思わずこぼすと、おじさんは前方を注視しつつ、穏やかにハンドルを操作しながら言った。
「それは最高の褒め言葉だな」

おじさんの運転する車の助手席に乗ったのは片手で数えられるほど

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スシ・プライド

スシ・プライド

私の父はスシ職人で、私は幼い頃から父が「スシ・プライド」という言葉を使うのを聞いてきました。父の作るカリフォルニア・ロールはとても美しく、お客さんからどうしてそれほど綺麗に仕上げられるのか、と訊かれると、父は決まってこう答えるのでした。
「私のカリフォルニア・ロールには、アボカドやサーモンだけじゃなく、私のスシ・プライドも一緒に巻いてあるからね」

父の大きな背中と細やかな仕事ぶりを間近で見ながら

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