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いつもの場所から離れて「自分らしさ」を取り戻した一人旅

私は、今まであまり、一人旅をしたことがない。ご飯を食べたり、列に並んだりするとき、なんとなく周りが気になってしまうからだ。

しかし、去年(2021年)10月、私は一人で出かけた。一人旅に行くことになった理由は大きく2つある。一つは、コロナ禍で自粛ムードが長く続いていたこと。基本的に仕事と家との往復で、休日も決まった人(主に家族)としか会わない。そんな同じような毎日が続くことに、退屈と息苦しさを感じていた。もう一つは、よく一緒に旅行に行く友人に断られたことだ。普段の私なら、友人に断られたら「じゃぁ今回はやめておこうか」と思いそうだが、このときはよほど「外の世界」に出たかったのだろう。不思議と「じゃぁ一人で行ってしまおう」という気になったのだ。

行先は金沢(石川県)にした。日本中に行きたい場所がたくさんある中で、金沢を選んだ理由はいくつかある。私は今大阪に住んでいて、大阪より西の方面へはたくさん旅行に行ったことがあるのだが、東側はほとんど行ったことがない。せっかくなら自分が行ったことのない地域に行ってみようと思ったのだ。それと、いつ何時また自粛モードに変わるか分からないので、直前でも旅行プランの変更がしやすい電車で行ける場所の方がよいと思った。さらに、調べてみると金沢は観光スポットも比較的、金沢駅周辺に固まっていて一人でも困らずに観光できそうだ。

結果、最初こそ周りの目が少し気になったものの、居心地よく、面白い人にも出会えた旅になったので、金沢に行ってよかったと思う。

始めは居心地の「悪い」場所からだんだん「良い」場所へ

金沢駅

金沢駅に着くと、荷物をホテルに預けてすぐに近江町市場へ向かった。おいしい海鮮を堪能しなくては。平日の昼間だったので、人も少ないだろうと思っていたのだが、意外にも店がにぎわっていた。並んでいるお店もある。10月という気持ちのいい季節と、感染状況が落ち着いていた時期だったからだろうか、修学旅行生もいた。

みんな、一緒に来ている人と話しながら、食事を待つのに並んだり買い物をしたりしている。お店の人もよく通る大きな声で接客をしている。市場はとても活気があった。どの店に入ろうかと思い、ぐるぐる回っているうちに市場の外に出てしまった。

「どうしよう」と、市場の外でしばし立ち止まった。「やっぱり明日来ようかな…」と思ったが、お腹はすいているし、ほかに行く当てもない。しばらく外から市場を見つめた後、「やっぱり今日はここで食べよう」と気合を入れなおし、再び市場の中へ戻る。さっきと違う道を通ってみると、少し奥まったところに並んでいないお寿司屋さんがあった。大体どんなものがあるかは、ほかのお店からも見当がついたが、一応メニューを見てみる。すると、中からおかみさんらしき人が出てきて、優しい表情をしながら「一人?どうぞ」と案内してくれる。なんだかその優しい表情と声のトーンに吸い込まれてしまった。ノドグロのあぶりや生が入った食べ比べ寿司を頼み、あら汁も飲み、満足して市場を後にした。

ちょっとした冒険の後は、日本三大庭園の一つ、兼六園へ。大きいとは聞いていたが、想像以上の広さだ。美しく手入れされた、きれいな庭がたくさんあり、2時間くらいゆっくりと見て回ってしまった。ここでも修学旅行生と一緒になったが、市場でお腹も満たされていたからだろうか、あまり気にせず、自分の時間を楽しむことができた。当初の予定では、1日目はここで終了だったが、兼六園を出たのが15時すぎ。ホテルに戻るにはまだ早いと思った。「ひがし茶屋街に今日のうちに行ってしまおうか」と急遽予定を前倒しすることにした。バスで移動し、Googleマップを見ながら5分ほど歩くとひがし茶屋街に到着。

まずは「元祖金箔ソフト」で有名な箔一へ行ってみた。金箔ソフトとは、丸々一枚の金箔を貼ったソフトクリームのことである。店内には、金箔を使った豪華でおしゃれな品物やお土産がたくさん置いてあった。そして、お目当ての金箔ソフトの売り場には、またもや修学旅行生。しかも長蛇の列ができている(涙)!!混み合っているので、先に他のお店を見て戻ってくることにした。

ひがし茶屋街は、石畳や出格子の町屋といった古い町並みが残り、着物で歩く人もいるほど。食べ物やさんや雑貨、陶器などを売るお店が立ち並び、商品のお値段もお土産価格から、100万円以上する高価なものまで並んでいる。ここで不思議だったのは、どのお店に入っても、お店の人が商品の売りこみにくることはないことだ。「この商品は、こうやって作られていて…」と、ただモノの説明をしてくれる。その説明を聞くと、金沢の文化について理解を深められる。ウィンドウショッピングだけでも十分楽しかった。

ひがし茶屋街

そんななか、アクセサリやグラスなどを扱っているギャラリーがあった。一歩入ってみた瞬間、私の好きなタイプのものが並んでいるのが分かった。

先に店内にいた20代くらいの女性に、60代かと思われる男性の店員さんが商品の説明をしている。何やら話が盛り上がっているようだ。奥に細長い間取りの店だったので、奥のスペースからお客さんが立ち去るまで、私は手前の商品をゆっくりと見ていた。するともう一人の若い女性店員の方が話しかけてきた。私が見ていたのは花の形をしたガラス細工のピアス。とてもデザインがおしゃれでかわいい。

「これは若い方に人気で、とても軽いんですよ。持ってみますか?」とゆっくり差し出してくれる。せっかくなので勧められるまま持ってみた。見た目で想像するよりも本当に軽い。かわいかったので、一瞬買おうか迷ったが、なんとなく元の位置に戻す。ここでもそれ以上勧められることはなかった。

そうしているうちに先ほどの奥のスペースが空いたので、そちらに進んでみると、そこにはグラスが並んでいた。さきほどの60代くらいの男性店員が「ここに並んでいるのは、金沢の若手の作家が作っているグラスなんですよ」と説明してくれる。その中のグラスの一つにふと目が止まった。コロンと丸い形をしていて、ガラスの中に泡が入っている。価格は3000円くらいだった。

「若手作家のものなのでこの値段ですが、有名作家のものは例えばこれくらいするんですよ」と私の後ろに並んでいるグラスは、数十万円の値がついていた。「どれでも気になるものは、手に取ってみていいですよ」と優しく言ってくれる。先ほどの気になったグラスを手に取ってみると、思っていたより小ぶりなグラスだった。しばらく見ていたが、お店の人はやはり、それ以上勧めてくることはなく、静かに見守っていてくれる。商品の説明はしてくれるが、「これを買ってほしい」「これを売るんだ!」という圧は全く感じなかった。それがとても心地よかった。

買おうかどうしようかと迷いながら、なんとなくいったん店を出た。しかし、ほかのお店を見ているうちに、そのグラスのことがだんだん気になってきた。サイズもちょうどほしかった小ぶりのサイズだし、作家の名前が私の名前と似ていた。一歩踏み出すごとに、そのグラスとの「ご縁」を感じだした。ひがし茶屋街を一周すると、私は速足でその店に戻っていた。お店の人も、「戻ってこられたんですね」と少し驚きながらも笑顔で迎えてくれた。

「このグラスがやっぱり気になってしまって」と言うと、「それはぜひ、大事に使ってあげてください」と優しく包み込むように言ってくれた。この、決して商品をゴリ押しするのではなく、お客が気に入ったら買ってもらうという、謙虚な接客とのんびりした空気感に、居心地の良さを感じた。

その後、金箔ソフトを食べに箔一に戻ると、先ほどまでの行列が嘘のように閑散としていた。金箔ソフトをのんびり食べ、ホテルへ帰った。

金箔ソフト


面白いおじさんとの出会い

2日目は、朝から「金沢21世紀美術館」へ。どれくらいの作品数なのかよくわからなかったので早めに出たが、意外と30分ほどで見終わってしまった。

その後の予定は特になかったので、とりあえず、すぐそばにあって歩いて行けそうな金沢城に行ってみる。広大な敷地で下調べもしていなかったので、どこに何があるのかまったく分からなかったが、とにかく歩きまくった。

一通り要所と思われる場所を見て、そろそろ出ようかという頃、鶴丸倉庫というところに入った。

鶴丸倉庫

倉庫という名のとおり、武具を保管していた蔵で、二階建てになっている。中に入ると、15~20mくらいはありそうな、長~い絵巻物が壁にかかっていた。「これは何の絵だろう」と解説を読もうとすると、係員の人が話しかけてきました。

「これは、江戸時代の参勤交代の様子が書かれた巻物なんですね。さて、問題です。ここに描かれている人数は何人でしょう?」

なんか、いきなり問題を出されてしまった…。

もう一度巻物を見てみる。巻物の端から端まで人間が描かれている。何人かと言われても、これだけ長い巻物の端から端まででは、まったく見当もつかない。適当に答えてみると、なんと答えはその倍だった。

「私、毎日ここに長い時間いるでしょ?暇なんで何人か数えたんですよ。」
そう言われて、なんだか面白いおじさんだなと思ってしまった。そのあともこの面白いおじさん視点での解説が続く。

「でも実際は、ここに描かれている人数の、さらに倍の人数で江戸まで参勤交代に行っていたんです。」
おじさんの解説で、実際はものすごい人数の行列だったんだということが分かる。そのあとも、江戸の徳川家と加賀藩の前田家との関係や、当時の女性の人生についてなど、興味深い話をたくさんしてくれた。

そして最後におじさんはこう言った。

「あのね~。私は最近まで会社員だったんだけど、ずっと好きでこういうボランティアをいろいろとやってきたんだよね。ここの係をするのもそうやってできたご縁で推薦をもらってね。金沢の歴史も、好きでずっと勉強していて、最近大学院で博士論文書いたところなの。好きなことをずーっとやり続けてたら、いつか色んなことがつながってくるもんだよ。」

そこでちょうど次のお客さんが入ってきて、おじさんとの話は終わってしまった。時計を見ると30分ほど経過している。普段の私なら、初めて会った人とこんなに長時間話すことはない。途中で適当に切り上げて立ち去るのだが、自分でも気づかないうちに時間がたっていた。おじさんの話が面白かったことと、何かこのとき私に必要なものをこのおじさんが持っていたのだろう。

そして、そのときは何とも思っていなかったおじさんの最後の言葉が、なんだか、後からじわじわと熱を持って私を包み込んでいた。

帰りの列車に乗るころ、曇りがちな金沢の空から光がさしていた。金沢の人たちの自然体でゆったりした空気感が、私の心をすっかり落ち着かせてくれた。1泊2日という短さで、人の温かみをすでに感じられる町だった。

そんな場所に出会うと、普段自分が住む場所が、世界のすべてではないことをハッと思い出す。私は私のままでよいのだと改めて思いなおすことができる。

これからもっと、そんな場所に出会いたい。

行き詰まったら、旅に出て自分の居場所を変えてみよう。自分らしさを取り戻せる場所を探して。

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