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『共有』(ショートショート)

明日の準備をしよう。ランドセルのふたをあけたとき、これは自分のじゃないことに気づいた。「大村勇気」と名前が書いてある。なんでまちがえちゃったんだろう。きっと大村は吉野のランドセルを背負って学校から帰ったんだ。中にしまわれている教科書やノートはうねうねと波を打ち、砂のじゃりじゃりがこびりついていて、私は大村勇気の、よれたTシャツを思い浮かべる。ざらざらした鮫肌のふくらはぎも。ぜんぶ、私のとは全くちがう。困ったな、電話するかと思って、ふたをしめようとしたとき、手のひらサイズの紙袋を見つけた。薬局でもらうようなやつ。おもてには英語か何かでメッセージじみたものがつらつらと並んでいる。手にとって中をのぞいたら、ビニール袋をぱんぱんにしている白い粉が入っていた。あ、これ、ぜったいヤバいやつだと思う。息子の命を思った。そうなのだ、これは私のランドセルではなく、息子のものだった。あの子がねらわれる!奴らはきっと取り返しに来るだろう。末端価格にして〜のヤツにちがいないのだから、血まなこになってこのランドセルを……探すまでもなく吉野家にやってくるはずだ。インターホンが鳴ったら、確実に終わる。私は息を潜めてそのときを待った。でも待てよ。奴らは親である私がランドセルの中身を見るはずがないと高を括っているかも知れない。大村勇気だったら、親にランドセルを見られることなどないのかも知れず、だとしたら、知らぬふりを決め込んでこのまま明日大村勇気のランドセルを背負った息子を学校へ送り出……いやだめだ!私はそんなリスクを息子に負わせるつもりか。今すぐ、通報すべきだろう。だって末端価格〜なのだから。でもそんなことをしたら、きっと怨まれる。組織はデカいに決まっている。家族みんなが命をねらわれる。通報か、それとも放置か。通報、放置、インターホン?鳴るのか、インターホン?耳をすます私。こわいこわい…………

目が覚めた。午前3:36。大村勇気くん、ほんっとヤバいから私のランドセルを早く返して。だってあの中には……

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