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【積丹】カボチャの苗をなげるのは嘆かわしいのにスイートコーンを間引いてもそんなに心を痛めないのはなんでだべ

積丹のたかのふぁーむでWWOOFしています。

昨日はお休みでした。楽器を吹いたり弾いたり、ごろにゃんにブラシをかけたり、散歩したり、youtubeでニューズオプエドを視聴したりしました。散歩してて、ジャガイモが大きくなったなーを感じました。これが6/17の、待ちに待った雨がやっと降った日のジャガイモ畑です。

これが6/20の同じジャガイモ畑です。僕のミスでアングルが違いますが、ガンガンいこうぜといわんばかりに成長しています。以前は晴ればかりで雨を欲していましたが、今は曇りばかりで晴れが欲しいです。気温も低いです。

昨日の投稿でミニカボチャの補植について書きました。予想以上によく発芽してくれたため、苗が余りました。友人にあげることもできますが、ほとんどなげることになります。

苗をなげるのは嘆かわしいです。でも、なぜかスイートコーンを間引いてもそんなに心を痛めません。

「発芽しろよ~」と願いながら種を蒔いて、いざ発芽してもらったら命を奪うというのは同じです。では、苗をなげるのと間引くのは何が違うのか。

前者を行う理由は、余ったからです。そもそも、発芽しなかった穴を埋めるために苗をべっこに育てておくので、少し余るくらい用意していると思います。

後者を行う理由は、生育密度を小さくするためです。基本的にマルチの穴1つに対して1株植わるように調整します。スイートコーンでもミニカボチャでも、発芽しないことを避けるためにマルチ穴1つに対して種を念のため2粒蒔きます(スイートコーンはたまに1粒)。2粒とも発芽したら小さい方を間引きます。

うーん。これらは違うことなのか。どちらも命を奪う前提で行っています。生き物が生きるというのはそういうことですが。

で、別の理由をいま閃きました。視覚です。ミニカボチャの余った苗は1ヶ所に何十株も集まっています。対してスイートコーンの間引きは1ヶ所につき1株切るだけです。間引かれた何百という数の株を集めたのを見たら嘆くと思います。

「そんな理由かーい」とつっこみを入れたくなりますね。

ようは、命の重さをまるでわかっていないのです。

ちなみに、日本人の多くは植物にも命があると考えると思いますが、たかのふぁーむに来るヨーロッパのヒトに、植物にも命があるという話をしてもあまり伝わらないそうです。

いってらっしゃい。