大沢にて

岩手県にいる。まさかまさかで遠野の、"あの"お宿が取れなかったから、花巻の大沢温泉なるところに泊まっている。気を取り直す必要がないくらいには、このお宿も頗る宜しいのだが、ほんの二日前くらいに鳴子で痛い目をみたところであるから、もう少し落ち着いて泊まれることにすりゃよかったなんて、風流も何も知らないようなことを思っている。

その板をどれほどの人が踏んできたのだろうか、私の重みをもその歴史に刻むように、木材の軋むのが長い廊下に響いた。障子より漏るるは薄灯とテレビの音。紫煙が扇風機に流されて、網戸に爆ぜた。今夜は、今夜こそは"眠れない夜に"を完遂します、と。いまここに誓います。蓋を開けると｢寝ていた、よく眠れた｣なぞ、そんなものは我ながら見飽きた。甘えるな。根性を見せるのである。

東北での四泊目が明日に当たるのであるが、迷うことなく仙台市内のホテルに決めた。何処か好さげな温泉宿なぞ探して予約しようとでも考えてはいたが、もう耐えられん。些か無理をし過ぎたようである。今はただ快適と利便とを貪っていたい。やれ文化やれ歴史云々諸々はそれからの話。割り切れりゃどれだけ楽なことでしょうね...

載せている写真をご覧になってですね、｢此奴、適当なこと抜かしながらウキウキ散策キメて居るでないか｣と、そんなことを思った方に対してですよ、私が返します言葉は、無論｢ほおっておいて下さい｣なぞ恥ずかしささえ滲むような、それも情けもへったくれもござらん彼是でなく、｢全く以てその通りです｣と素直に認める彼是であります。

そりゃこんなお宿に着いてみなさいな、心躍るでしょうよ、ええ。私なぞはちゃっかり浴衣レンタルまでしてしもうているから、もう言い訳は効かないのですよ。いい湯に入って、旨い酒を呑んで、本でも開けりゃよかったのだが。

その辺境の湯宿情緒に案の定当てられて、疲労も相まったのであろうか、夕飯後は畳の上で気絶したように眠り転けていたのである。目を覚ますともう夜中の十時でないか。汗ばんだ身体は明朝に洗い流せば宜しいとして、何としてもこの部屋で過ごす夜を噛みたいのである。入らぬ湯の流し算用とでも言うのかしら。

二日、四時に東京駅で

はやくね、いいけど、六時で

その｢いいけど｣がほんまにわからん、教えて

おれの最大の譲歩

・・・

新幹線で京都帰らなあかんし、六は遅い、四で

おけ

仙台の古本屋、いわきの温泉宿、久しぶりの友人、家人とのお出掛け、観る会一一 これからの五日程度には深々とオタノシミ・・・・・が鏤められているから、まあ真っ直ぐに前を向いて生きれよう。綺麗な目、してて欲しいな。花火のフィナーレではないけれど、ここに来て散り際の感があるのは如何に。無関心決め込んで季節の終わりとでもしておこうでないの。

さてさて、舞台をお宿に戻しまして。どうやらここ大沢温泉は宮沢賢治も幾度となく訪れた場所だそうで。銀河鉄道、好きなんですよ。だれかのほんとうの幸のために生きる、その美しさは単なる自己犠牲なんてものではなくて、他でない自身のなかに確固たるものがあるからこそのもの。生の実践、その結果でしかない。思い出したのは『八郎』という絵本で、彼もまた一一一

そう、この間観たジブリの『君たちは一』であるが、これもまた銀河鉄道に似ていて。そうそう、この湯宿があんまりに前時代的だから『千と千尋の一』とも重なる部分があって。そうそうそう一一一 この節操の無さをどうにかしたい。我ながら厚かましいさえある。

恐らく来週の頭、観に行くのが『兔子暴力』なる中国映画とウェスの新作『Asteroid City』である。それからdddギャラリーの〈ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み〉も、是非みたいと考えている。

明後日どころか来週の話なんておっ始めてしもうているから、これはもう書くことが無い、否、切れているんでしょうね。時間も時間ですし、朝五時から朝風呂ですし、もう一杯と一本、呑んだら寝ることにします。お目汚し大変失礼いたしました。オヤスミナサイマセ一一一(こりゃ途中で寝りゃよかったな)