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月と六文銭・第十九章(04)

 鄭衛桑間ていえいそうかん:鄭と衛は春秋時代の王朝の名。両国の音楽は淫らなものであったため、国が滅んだとされている。桑間は衛の濮水ぼくすいのほとりの地名のこと。いん紂王ちゅうおうの作った淫靡な音楽のことも指す。

 元アナウンサーの播本優香はりもと・ゆうかとの三回目の「デート」は、初めて会った品川でということになった。
 播本の品川行きは、家族に対してプラトレーンの限定版セットを購入するためで、個人的な理由は武田に会うことだった。ところが、播本が着いた時にはポップアップストアの新幹線の限定版セットが売り切れていて、途方に暮れていた。

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「播本さん!
 限定版、売り切れちゃったみたいですね」
「えぇ、困りました…。
 子供には今日、新幹線のセットを買ってくるねって約束してしまっていて」
「まぁ、売り切れることもありますよ、品川には人がたくさん来ますから。
 明日にはまた入荷するんじゃないですか」
「明日は来れないのです。
 だから今日買いたかったのですが…」

 会話している二人に様子を見ながら店員が近付いてきた。両手に大きめの袋を2つ持っていた。

「武田様、お待たせしました。
 包装が終わりました。
 本日は誠にありがとうございます」
「こちらこそ、お手数をお掛け致しました」

 店員は丁寧にお辞儀をしてから、売り場に戻っていった。

「何を購入されたんですか?」
「いや、何、面白そうだったから、新幹線セットを全組合せ購入したんですよ」

<げ、だから棚が空っぽだったのね。ひどいわ!武田さんが全部買っちゃったから売り切れたんだわ。私が言う前に買い物をされていたはずだから、もちろん関係ないのでしょうけど…>

 武田は播本の顔を覗き込んで、次の瞬間、播本が予想していなかったことを言った。

「播本さん、なぜ、私がこんな買い物をしているのか疑問に思っているでしょ?」

<当たり前でしょ!あなたはプラトレーンに興味なんて、本当はないんでしょ?私が買いたかったものを残らず買って、私を困らせているのよ!>

 武田は店員から渡された袋の一つを播本の目の高さまで持ち上げた。

「君に!
 というよりも、君の子供に。
 一応、今、出ている限定版の新幹線記念セットを全部揃えてもらいました。
 お子さんが喜ばれると思います。
 持って帰るのが少し大変だと思いますが、受け取ってもらえますか?」
「え、え、え、いいのですか?!」

 播本は嬉しさで飛び上がりそうだった。

<武田はお金の使い方が人と違う…。幸せになるためのお金の使い方なのかな、これが?>

「あれ?
 優香、泣いてるの?」

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 目をぬぐっている播本に対し、武田はわざと"播本さん"と言わず、"優香"と彼女が自分を呼ぶ時の呼び方をした。

「意地悪!」

 播本は、両手が塞がれて無防備な武田の腹を軽くパンチした。

うっ!

「ははは、ヒット!
 ちょっと重いので、レストランまでは私がお持ちしますね」

 すっかり機嫌の直った播本は武田の腕に自分の腕を絡ませた。

「ありがとうございます。
 レストランまで運んでください。
 その代わり、私はこちらを担当します…」

 エレベーターでレストランに向かう間、播本は武田の男根に手を添え、ビクともしないくらい硬さを維持するよう摩り、後ろ手にしっかりそれを握っていた。途中の階でエレベータ―の扉が開いても、武田の男根を握ったままだった。
 レストランに入る前にキスをして、武田の耳に囁いた。

「後で、コレ、くださいね。
 私、本当は待てないの。 
 でも、武田さんがお奨めのお寿司屋さんがどんなところか興味津々なので、待ちます」
「ご期待に応えられるかな」

 そんなことを言いながら武田には自信があった。もちろん、男根の硬さではなく、寿司屋のレベルに。

 品川で寿司と言えば「寿司浜すしはま」だ。本店・浜田寿司はまだずしは築地にあるが、支店の寿司浜は外国人にも気軽に来てもらえるよう英語の通じるスタッフも結構いた。本店は息子に任せて、店主は元気のいい大きな声で、ブロークン・イングリッシュを駆使しながら"スッシー"の説明をして、支店の充実に努めてきた。店主の人柄、寿司の質、ロケーションとも相まって、評判は高かった。

 キスした時、武田は播本をさすがだと思った。しばらく地方にいたとはいえ、やはり播本は元々東京の人でメディアに出る野心があるから、洗練された服装だったし、ポイントが高かったのは香りのするものを極力抑えていた点だった。
 寿司屋に行くのに香水ぷんぷんとか化粧濃いのはダメなのをよく分かっているのだろうと思われた。こういう点は武田にとって好ましく、いくら美人でスタイルが良くてもTPOを弁えられない「アタシが、アタシが」的な港区女子などは「次はないな」と思ってしまうのだった。

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 ビルの8階にあった寿司浜はビルのフロアの南半分を占めていて、東側は線路を見下ろすことができるので、家族連れで来るにも良かった。西側はこのビルの前の広場に面していて、広場の反対側には食後に二人が過ごすホテルが聳え立っていた。
 武田は事前にコースを頼んでいたが、確認も兼ねて店員がアレルギーや苦手なものを聞いてくれた。

 なま物、焼き物、煮物、揚げ物、お吸い物、山の物・海の物、主役の握り、そして、香の物と順に出てきた。一品一品が洗練されていて、一つ一つに播本は「美味しい!」とか「うーん、幸せ」とか感想を漏らした。主役の握りは特に口の中でとろける感じで、二人は互いを見つめ合ってニヤニヤするほどおいしかったのだ。


タイやエビのなま物
なま物

「お腹いっぱいになりましたか?」
「はい、満腹あ~んど満足です」

<若い人の間で流行っている言い方なのかなぁ?>

 武田はつい最近同じようなセリフをのぞみから聞いたばかりだった気がした。

「よかったです。
 それでは行きますか?」
「はい、宜しくお願いします」

 再び武田が両手いっぱいの荷物を持ち、播本が腕を絡ませる状態となった。

「重いのにすみません」
「いいえ、後で半分はご自分でお持ちいただきますから」
「それはもちろん」

 播本は武田を見つめ、ちょっと伏し目がちに質問した。

「あのぉ、プラトレーンの代金はどうしたら?」

 武田は聞こえなかったようで、エレベータ―の前で止まって、播本ににっこり微笑んだ。

「2階にロビーがあるので」
「はい」

 播本はエレベーターの上を押して、扉を開け、二人が乗り込んだところで、次に2のボタンを押した。

「キスしてくれるかな?」
「ダーメ」
「あらぁ、播本さん、冷たいのねぇ」
「ふふふ、こっちの方が重要だと思います」

 播本はエレベーター内のカメラに背を向け、見えない角度で武田の男根を摩った。

「すごい、瞬時に硬くなったわ」

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 チーン♪
 エレベーターが2階のフロントに着いて、前にされたように武田は播本に男根を握られたままエレベーターを降りた。播本は先に歩いて、後ろ手に武田の男根を握ったままフロントデスクまで来た。クラークの質問に答えたのは播本の方だった。

「ようこそ」
「タケダです」
「ようこそ、タケダ様。
 下のお名前もお伺いできますか?」
「テツヤとユウカです」
「ありがとうございます。
 本日から一泊でご予約を承っています。
 こちらにご署名をお願いします」

 武田はデスク前の台に荷物を置いて、受付のタブレットにサインをした。カードキーが2枚発行され、播本が受け取った。

「ありがとうございます」
「ごゆっくりお過ごしください」

 武田は再び荷物を持ち、播本は腕を組んだ。エレベーターに乗ったところで、武田は荷物を床に置き、播本を抱き寄せた。播本はキスをすると共に、武田の男根を摩って再び元気にした。

「口でして」
「え、今?」
「さっきから欲しかったんでしょ?
 もう我慢しなくていいですよ」
「意地悪!」
「してくれるの、くれないの?」
「今?」
「しないなら、こちらからいきますよ」
「え、待って」

 播本は生理が終わり、2日が経って、体が疼いていた。認めたくなかったが、今この瞬間にも入れて欲しいほどアソコが濡れていたのだ。

<今触られたら、分かっちゃうわ、私が濡れているが。ちょっと待って…>

 武田はエレベータ―内のカメラに背を向け、左手でスカートをさっと捲り、右手はショーツの上から正確に播本の下の唇を捉えた。

「え、どうして分かるの、場所?」
「におい」
「うそ、もう終わって2日も経つわ」
「濡れていますよね?」
「私、そんなに強いの、におい?」
「いや、僕が特別敏感なんです」

 これは事実だった。エンジンオイルの異常を臭いで感じ取るほど敏感な嗅覚だった。人間から見たらイヌ並みと評される嗅覚の持ち主なのだ。

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