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月と六文銭・第十七章(16)

16.環状線の列車遅延
 Trouble on the Loop

「もう最悪!
 山手線が止まって、大変だったわ」

 開口一番、三枝さえぐさのぞみは恋人の武田に愚痴をぶちまけた。せっかくのデートなのに、珍しく1時間も遅れた上に疲れが顔に出るほど大変な思いをしたのだ。せっかく会ったのに疲れを顔に出したままだったのを申し訳なく思ったのは確かだが、そんな状態にした列車遅延を恨めしいと思ったのだ。

「上野駅のすぐそばのアーケードで火事があったらしいね」
「そうみたい。
 消防車が15台以上、けが人も意外とたくさんいて、山手、京浜東北、常磐、高崎線と新幹線が全部停まっていたわ。
 改札を出るも大変だったし、皆地下鉄、バス、タクシーに殺到して」
「山手線が止まると主要駅は全部だめだし、京浜東北線が止まると品川、東京、上野などの東側にある主要敵が完全にマヒするから、北にも南にも影響出るよね。
 地下鉄への乗り換えのない駅とかはパニックだろうね」
「どこも大混雑で殺気立っていたわ。
 もう嫌になっちゃう」
「いや~、のぞみさんがそんなに怒ることなんてあるんだね」
「え、いや、そういうことじゃなくて」
「うぅん、いいんだよ。
 いつもなら僕の前で遠慮しながら文句をいうのに、今日はストレートに感情を表現しているよね」
「ごめんなさい、今まで遠慮していた訳じゃなくて、少しだけ素直に感情表現をするようになったと思って」
「いいことだよ。
 それにしても、上野とか大きな駅での火事ってすごい影響が出るものだ」
「さっき見たら、ニュースにも大きく出ているわ。
 アーケードの一部が落ちて下敷きになった人もいるみたいよ」
「わ、それは恐いね。
 元々、原因は何だったの?」
「中華料理屋さんでガス爆発があったみたいで、お店の人とお客さんが数人大けがをしたみたい」
「本当に恐いね。
 設備が古いとか、何か要因はあったのかな?」
「それはちょっと分からないけど、古い商店街の一部で、下町ってイメージのところよ。
 多分、街角なんとかで上野特集がある時に必ず出る商店街じゃないかな」
「へぇ~」

部屋着に着替えたのぞみ
部屋着に着替えてリラックスするのぞみ

 この時点で武田は「高粱コウリャンの里」が出火原因だということを知らなかった。上野駅から北に延びる東北新幹線の線路の真横にある商店街にあるお店で、ちょうどJR線とメトロ日比谷線の間の細長い土地にあった。そのせいで新幹線5線、常磐線、京浜東北線が停まったが、一番影響が大きいのは都心全部を廻っている山手線が停まったことだった。
 普段なら、止まったのが山手線だけなら京浜東北線へ、京浜東北線がダメになったのなら山手線へと逃れる術があるが、ともに止まってしまうと、それはもうパニックへ一直線で、地下鉄とバス、タクシーへと乗客が殺到するのは当然の結果だった。

 山手線は、正式には「やまのてせん」と読む。やまてせんと誤って読むようになったのは進駐軍・GHQが「駅名表示板に読み仮名をふれ!」と指示して、字数の制約かYAMATE LOOPヤマテ・ループと書かれたためで、「やまてせん」が普及してしまった経緯がある。
 JRの努力で次第に「やまのてせん」の呼び方が回復したが、いまだに「やまてせん」という人たちが一部にはいる。年代なのか、地域的なのか、家電量販店のテレビCMの影響なのか。

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