恐竜を辞書で引く
国語辞典を選ぶときは、試しに「恐竜」を引いてみて比較するとよい。 そんなふうに書いてあったのは「とんでも本」シリーズ(と学会)のどこかだったのだが、今探しても見つからない。仕方ないので引用は諦めます。
なぜ「恐竜」かというと、恐竜というのは短く簡潔に説明するのがとても難しい概念だから、ということだった。確かにそうであろうと思う。そこで、近くの市立図書館にある国語辞典すべてで「恐竜」の項目を引いて、比較検討を試みたいと思う。
国語辞典は18種類あった(そのうちの小型辞書5点は大同小異だったのでここでは割愛する)。これを発行年代順に並べて、それぞれの「恐竜」の説明文にコメントをつけていってみよう。
※辞書名の後の( )内は発行年と版元。その次の〈 〉内は辞書の大型・中型・小型の区別。
☆ ☆ ☆
○大辭典(1935平凡社)〈大〉
○新編大言海(1972冨山房)〈中〉
>この二冊には「恐竜」という見出し語それ自体がなし。それにしても70年代の辞書に載っていないとは驚きだ。
○広辞林 第六版(1983三省堂)〈中〉
爬虫綱恐竜目の化石動物の総称。爬虫類のうち最も大型のものが属し、中世代に陸上・沼・沢にすんでいた。頭と尾が長く、全長三〇メートルに達したものもある。
>「化石動物」って、恐竜は化石じゃないといけないみたい。本来の生きている姿だって恐竜だろうに。それに「最も大型」しか恐竜じゃないの? 「頭」が長いというのも分からない。「頸」の間違いか?
○日本語大辞典 第二版(1995講談社)〈中〉
地質時代の中世代に地球上に栄えた爬虫類の一群。骨盤の形からバンリュウ目とチョウバンキョウリュウ目に分類され、全長六〇cmから三〇mにおよぶものまである。二脚か四脚歩行で、ほとんどが植物食性。陸生または半水生。化石から四〇〇種以上が知られている。
>「竜盤目」と「鳥盤目」という言い方が一般的なので、この辞書は適当な感じ。「ほとんどが植物食性」ってどういうこと? 他はすべて「肉食と草食」がいると書いているのに。
○現代国語辞典(1996日本文芸社)〈小〉
中世代の巨大な爬虫類。
>調べた中で最も短い(やる気のない)説明だが、「巨大な」と限定するのはまずい。小型恐竜は無視か? ところで、英語表記も併載しているいくつかの辞書はすべて「dinosaur」なのだが、この辞書だけが「Megalosaurメガロウソー」としている。これも謎。
○新明解国語辞典 第五版(1997三省堂)〈小〉
化石として残っている、中世代の大きな爬虫類。
>「化石として残」らなかった恐竜の方が遥かにたくさんいるはず。
○広辞苑 第五版(1998岩波書店)〈中〉
爬虫類に属する陸生の化石脊椎動物。中世代の三畳紀に出現、白亜紀まで生息した。ニワトリ大から体長三五メートルを越す巨大なものまであり、肉食・植物食など多種多様のものがあった。
>説明は割に詳しいが、これも化石に限定しているようだ。
○日本国語大辞典 第二版(2001小学館)〈大〉
中世代のジュラ紀・白亜紀に栄えた爬虫類の総称。体長三〇メートルに達するものもあり、前肢は後肢より短く、多くは後肢だけで歩行。肉食または草食で、陸上のほか水中にすむ種類、飛翔する種類もいた。分類上、爬虫類の一目とされてきたが、トカゲ型骨盤目と鳥型骨盤目に分けられる。
>「多くは後肢だけで歩行」が納得いかない。ステゴサウルスやブラキオサウルスやトリケラトプスの立場は? 「トカゲ型骨盤目」という表現もこの辞書だけ。余談だが、この辞書は見出し語を「恐龍」と表記している。「恐龍」の次には「恐龍時代」という項目もあり、珍しい。
○三省堂国語辞典 第五版(2001)〈中〉
中世代に栄えたが絶滅したはちゅう類。からだの大きなものが多く、化石として残っている。
>これも「化石として残ってい」ない種類への配慮がない。また、「はちゅう類」が平仮名なのもどうかと思う。
○大辞林 第三版(2006三省堂)〈中〉
中世代に栄え、絶滅した巨大な爬虫類の一種。骨格の化石が発見されている。肉食性と草食性とがあり、白亜紀の草食性のものには体長三五メートル、体重七五トンに及ぶものもあった。
>「爬虫類の一種」となっている。まるで爬虫類のほんの一部であるかのようだ。あと、「巨大」にこだわり過ぎ。「中世代」「栄えた」「絶滅」「化石の発見」「肉食・草食」の全てに触れているのはこの辞書だけなので、そこは評価できるのだが。
○広辞苑 第六版(2008岩波書店)〈中〉
絶滅した陸生の爬虫類の一群。後肢が胴体の下側から出ていることを特徴とする。中生代の三畳紀に出現、白亜紀末まで生息した。ニワトリ大から全長35メートルを越す巨大なものまであり、肉食・植物食など多種多様。鳥類が肉食恐竜の子孫であることから、恐竜は絶滅していないとする考えもある。
>第五版と比べると、鳥が恐竜の子孫という説を取り入れた点が興味深い。「後肢が胴体の下側から出ている」のは、この短いスペースで語るほどの特徴なのか?
○明鏡国語辞典 第二版(2010大修館書店)〈小〉
中世代に生存した爬虫類の総称。化石によって全長六〇センチメートルほどの小型のものから三〇メートルに及ぶ巨大なものまで、四〇〇種以上が知られている。
>「生存」というのは言葉の使い方を間違えてないか? 動物なのだから「棲息(生息)」が一般的かと。
○大辞泉 第二版(2012小学館)〈中〉
中世代の三畳紀に出現し、白亜紀末に絶滅した直立歩行する爬虫類の総称。骨盤の形によって竜盤目と鳥盤目とに大別され、肉食性と草食性がある。白亜紀の草食性のものには体長三五メートルを超すものもいた。
>「直立歩行する爬虫類」って限定してますが・・・。繰り返すがステゴサウルスやブラキオサウルスやトリケラトプスの立場は?
☆ ☆ ☆
さて。というわけで、どの辞書が一番ましだろうか。
取り敢えず、「巨大な爬虫類」と断言しているものは予選落ちだ。「化石」に限定しているものも同様。草食がほとんどとか、直立歩行だけとか、そういうのも外す。
そうすると残るのは「広辞苑(第六版)」と「明鏡」だけだった。
では、最後に今回の研究を踏まえて、おれ自身が「恐竜」の項目を書いてみよう。説明部分の制限字数は、中型辞書として平均的な100字以内ということで。
次のようではどうだろうか。詳しい方のご意見を待ちます。
きょうりゅう【恐竜】
中世代、特にジュラ紀から白亜紀にかけて栄えた爬虫類の一群。体長はニワトリ大から三〇メートル超まで。肉食性と草食性とがあり多種多様。化石によって存在を知られる。すべて絶滅したが一部が現在の鳥類に進化した。(99字)
(2015.1初稿/2020.6改稿)
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