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小説漫画空間物語 漫画びとたちの詩 第1話

名古屋市の中心部、栄から少し離れたところにある大須商店街…。       東西約600m、南北約400mの区域内に8つの商店街があり、約1100店舗を擁する日本有数の大きな商店街だ。
 パソコン、古着、サブカル、オタク、コスプレ、メイドカフェ・・、いろんなお店がごった煮状態でひしめき合っている。
 その中の大須観音に近い仁王門通り商店街にある居酒屋大寿の横の薄暗い階段を上がって行くと漫画空間という店がある。
 漫画空間は10年以上前に俺が会社を辞めて退職金をはたいて作った"漫画が読めて描ける漫画喫茶”だ。多分そんな漫画喫茶は全国どこを探してもここしかない。だから漫画喫茶といっても普通の漫画喫茶と違って漫画を読みに来るより漫画を描きに来る客の方が多い。たまに読みに来る客もいるが結構マニアックな客だ。       
 漫画なんて家で描くもんだろうって思うかもしれないけど、家じゃ誘惑が多すぎてなかなか描けない子も多いみたいで、仕事帰りや休みの日に結構みんな描きに来ている。
10年以上も店をやっていると、老若男女いろんなお客がいるもので、たくさんおもしろいエピソードがある。この小説はそんな漫画をこよなく愛する「漫画びとたち」の話だ。

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。


第1話 蛙の子

もう古い話だが、店をオープンして間もない6月のじめっとした日曜日だった。3時くらいにO君という青年がやって来た。
「あの、ここ漫画が描けるって聞いて来たんですけど...。」
「いらっしゃい。描けますよ。どうぞ。」
案内すると彼は机に向かって描き始めた。
 店内は入って右手に平机が6席と受付カウンターとドリンクの自販機が置いてある。左手には漫画の本棚とグループ用の6人掛けの大きなテーブル、デジタル用のPC席が4席、窓際席が4席と全部で20席ほどである。入って右手の6席ある平机が描く席だが、こっちが埋まるとあちこちの席でみんな描いている。
 
アイスコーヒーを運んだ時にちらりと見たらO君はかなり絵が上手かった。
他のお客が出入りする中、黙々と描いている。

夜11時
「あの、そろそろ閉店時間なんだけど…。」
「え、もうそんな時間ですか?」
「集中して描いてたね~。」
「はい。ここはめちゃ集中できますね。久し振りにこんなに集中して描けました。また来ます。」と帰って行った。

それから彼は毎週土日に来て描くようになった。
「熱心に描いてるけど、どこか出版社に投稿でもするの?」
「はい。そうなんです。きばてつや賞に出そうと思って。」
「そうなんだ。じゃ、大きな賞だから頑張らないとね。プロ目指してるの?」
「はい。プロになりたいんです。実は、僕のお父さんも漫画家だったんです。少年ヨンデーで連載してたんですけど、僕が生まれたとき、僕のために安定した職業に就こうと漫画家を辞めちゃったんです。」
「え!そうだったの?何ていう漫画家?」
「すぐ連載辞めたので有名じゃないんですけど、鳥羽次郎っていいます。」
「え!知ってるよ!読んでたよ。結構おもしろかったのにすぐ終わっちゃったからどうしたんだろうって思ってた。鳥羽次郎の息子さんか!どおりで上手いはずだ。血筋だね~。」
「いえ、まだまだなんですけど、僕のせいでお父さんが漫画家を辞めたことがすごく嫌で…子どものころからどうして辞めたの?ってすごく反発してたんです。だから僕が漫画家になってお父さんの夢をかなえたいっていうか…、お父さんを越えたいんです!」
「そうなんだ、じゃ頑張らないとね。」
「はい」
O君はそれから毎週休みの日には来て、2か月くらいで40ページの漫画を完成させ、きば賞に応募した。
しかし初めて投稿した作品は、残念ながら大賞は取れず奨励賞だった。
「大賞は取れませんでした。でも次は必ず大賞を取ります!」
「そうか、残念だったね。でも初めて投稿して入賞したんだからたいしたものさ。」
「いえ、大賞じゃないとだめなんです。次のネタはもう決まってるんで頑張ります。」
「そうかい。頑張ってね。」
O君は次の作品に取りかかり始めた。

 しかしそれからしばらく来なくなってしまった。
どうしたんだろう?と思ってると、ひと月くらいしてふらりと彼がやって来て「仕事がめっちゃ忙しくてなかなか来れなかったんです。今度昇進してチームリーダーになったものですから部下の仕事も手伝ってあげないと行けなくなってしまって・・。」
彼はIT企業に勤務している。なかなかイケメンでかっこよくて可愛い彼女もいる。そのうえ仕事もできるエリート社員だ。だから漫空の他の連中からはリア充と言われて妬まれていた。
「そうかい、そりゃ大変だね。次の締め切りは2月だっけ?」
「はい、2月末なんでまだ時間はあるから大丈夫です。」
でも、それから来たり来なかったりが続いて、なかなか原稿が進まなかった。
そのうちに年が明けて〆切が近づいてきた。O君は焦り始めたがネームがようやく完成したのが1月中頃、あと1か月半で40ページ完成させないといけなくなった。
平日も仕事帰りに来て閉店まで作業し、土日は開店から閉店まで一日中作業する日々が続いた。そのうち可愛い彼女も来て一緒にベタやトーンを手伝い始めた。他の連中は初めは冷やかしていたが、必死に頑張るO君を見てそのうちに一人二人と手伝い始めた。
〆切前日は売れっ子漫画家の仕事場さながらに「ここのトーンは何番?」「63番お願いします!」「ここは白抜きでいい?」みたいにみんながアシスタントをして、なんとか完成して〆切に間に合った。

4月に入り、春の暖かい日差しになり桜も散り始めた頃、階段をダダダッと駆け上がる音がして、ドアが「チリーンガシャン」と激しく開き、O君が発表された雑誌を持って駆け込んで来た。
 「店長!取れました!準大賞です!」
 「おお!そうか!おめでとう!!」
 「はい。準大賞ですけど大賞は該当者なしなので1番です!」
 「そうなんだ。よかったね~!」「この掲載ページ、写真に撮ってTwitterにあげていい?」  
 「ええ、いいですよ!」「次はどうなるの?連載?」
 「いえ、次は読切り用のネームを担当さんに出して読切りが評判よければって感じですかね?まだまだ先は長いですが頑張ります!」

 その後、O君は何本かネームを出していたが、何本目かで担当さんから「これはおもしろいから読切りだけど連載用に3話くらいネームを作って出して」と言われ、いよいよ連載が決まるかもしれないという話になりO君は張り切っていた。

ところがそれから急にぱったりと来なくなった。

 しばらくしてみんなが「O君どうしたんだろうね?」と言い始めたころに彼がやって来た。
「しばらくだねー!どうしてたの?順調?」と聞くと
「すみません。ちょっといろいろありまして…。漫画をやめることにしました。」
「えーっ!なんで?連載決まりそうなんじゃないの?」
「いや、実は…、彼女が妊娠しまして…。急ですが結婚することにしたんです。で、彼女も働けなくなるし、収入を安定させたいので漫画をやめて今の仕事に専念することにしました。」
「そうなの?赤ちゃんができたの?おめでとう!でも残念だね。チャンスだったのにね。」
O君は笑いながら「はい。しかたないです。」
「でも…お父さんが僕が生まれたときに漫画家をやめた気持ちがよくわかりました。親子で同じことしてるなんて笑い話ですよねwww。」
「そうだねwww」
「でも店長、僕は漫画家になるのを諦めたわけじゃありませんからね。いつか子どもが大きくなって手がかからなくなったらまた挑戦します!だからそれまで漫空が潰れないように頑張ってくださいね!」
「うん。漫画は逃げないよ。気持ちさえあればまた描けるよ!それまで漫空が潰れないよう俺も頑張るよ。」
「はい!じゃ、また!」とO君は爽やかな笑顔で去っていった。

俺はまたいつかO君が描きに来ることを楽しみにしている。


#創作大賞2022


小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第2話
https://note.com/mangakukan/n/n0b0642f0e6ff

小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第3話https://note.com/mangakukan/n/n7544496a750c

小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第4話

https://note.com/mangakukan/n/n1f5659b32752

小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第5話

小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第6話

小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第7話

小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第8話
https://note.com/mangakukan/n/n81c1690ba1fa


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