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小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」 第3話

第3話 漫空指輪物語

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

ある日の夜、店内には数人いたが、みんな黙々と描いていた。
店内は「シャッシャッ」「カリカリ」と鉛筆とペンの走る音しかしない。
一人の女の子が時間になり帰り支度を始めた。
俺が「○○ちゃん、だいぶ進んだ?」と聞くと
「はい、ちょっと進みました。ネームで詰まってたんですけど、何とかなりそうです。」
「そう、よかったね。頑張ってね!」
「ありがとうございます。」会計して○○ちゃんが帰ると、J君がぶっきらぼうに「店長!」
と呼び「あの子よく来るんすか?」と聞いてきた。
「たまにね。彼女、かなり上手いだろう?」
「いや、絵は見てないけど、胸でかいっすねー!顔も可愛いし。」
「何だ?そりゃ!そっちかい?」
「胸でかい子好きっす!」
「J君はホンマにスケベやな~!年上の彼女おるやん。」
「いや、そんなことは関係ないっす!」
「もう付き合って長いんやろ?彼女の方は結婚も考えてるんじゃないの?」
「ですかねぇ?俺はまだそんな気ないんすけどね。それに収入もないから結婚なんか無理っす!」
J君は30歳。ギャグ漫画を描いている。37歳の彼女と同棲しているが、定職もなくデリバリー配達のバイトで食いつないでいる。よく彼女にお金を借りたりして紐みたいな生活をしながら漫画を描いている。そのうえ女好きで「そのうち漫画でガッポリ稼ぎますから!」が口癖だ。新人漫画賞を受賞したこともあるし、真剣に描けば結構いい線行くと思うんだが、これがなかなか描かない。

 ある日、J君が「店長、やばいんすよ。」と言ってきた。
「何が?」と聞くと
「昨日彼女と喧嘩して…、今回はマジ別れるかもしれません。」
「そうなの!何で喧嘩したの?」
「この前、ほかの女の子と飲みに行っててノリでそのままホテル行っちゃって…。それがばれてめっちゃ怒ってて…。」
「そりゃ怒るでしょ!」
「どうしたらいいっすかね?」
「いや、そりゃ君が悪い。謝るしかないよ。」
「謝ったんすけどね。許してくれないんすよ。出て行けって言われたら困るんですよ。」
「え?でもJ君が部屋借りてるんじゃないの?」
「いや、彼女が借りてたところに住んでるんすよ。」
「え!じゃ同棲というより居候?」
「ま、どっちでもいいんすけど、追い出されたら行くところないんすよ。その時は店長んとこ泊まらせてもらっていいっすか?」
「えー!!無理!無理!J君と一緒には寝たくないよ。とにかく謝って仲直りしなさいよ。」
「はぁ、そうっすね」とその日は帰っていった。

しばらくしてまたやって来て。
「店長、やっぱまだ怒ってるんすよ。あっちは今回のことだけじゃなく、いつまでも優柔不断でのらりくらりして働かない俺がイヤみたいで・・。」
「彼女にしてみたらそうだろうね。年齢も年齢だから早く結婚したいんじゃないの?」
「はい。はっきりしないと別れて他の人と結婚するって言われたんすよ。」
「そうかぁ。でも仕方ないよ。彼女の気持ちはわかるよ。昔俺の知り合いでJ君みたいに煮え切らないから"嵌められ婚”された奴がいたよ。」
「何すか?嵌められ婚て?」
「危険日なのに今日は安全日だから大丈夫よ!って騙されて子どもができちゃってさ、即結婚させられたよ。」
「怖っ!! …でも俺、彼女のこと好きだから別れたくはないんですよ!」
「へー、そうなんだ。」
「はい。彼女おっぱいがすごくでかいんすよ。ロケットオッパイであのムチッとしてぷにゅぷにゅのおっぱいがたまんないんすよ。あのおっぱいに触れなくなるかもしれないと思うと耐えられないんす!どうしたら許してくれますかね?」
「おっぱいだけかい。」
「いや、おっぱいだけじゃないんすけどね。何か一緒にいたら落ち着くっていうか、甘えられるっていうか…、安心するんす。彼女に振られたら俺、もう一生彼女なんてできないだろうし…」
「じゃ、もう結婚しなよ!仕事探して。まずはちゃんとプロポーズしてさ。」
「そうですねぇ。…でもプロポーズするとしたら、やっぱ婚約指輪とかいりますかね?」
「そりゃいるでしょ!」
「婚約指輪っていくらくらいするんですかね?」
「そりゃ、ピンキリだけど、最低でも10万以上じゃないの?」
「えー!そんなにするんすか?無理!そんなお金ないっすよ…。あ~!何処かにお金落ちてないかなぁ?」
「そうだねぇ…。あ!そうだ!手っ取り早く稼ぐ方法あるじゃん!新人賞の賞金!」
「え!間に合うところありますかね?」
「ちょっと待ってね、調べてみるから…。」と、ググってみた。
「えーっと。一番早いの中学館があるけど、1週間しかなかった。1週間じゃ無理だよな。その次が…」
「1週間かー!いや!やります。1週間で描きます!」
「え?大丈夫?間に合うか?ま、ダメ元でなwww」
「大丈夫です!!ウオッシャー!!今からプロット作りますわ!」
それから毎日、J君は開店から閉店まで漫空に来て必死に描き始めた。
漫空の料金は賞金で払うからとツケで。
数日後
「昨日もほとんど寝てないから眠いっす!」と机に突っ伏して寝ようとする。
「頑張れ!頑張れ!」
「いや、もう無理っす。眠いっす。もう間に合わないからいいです。」と寝ようとする。
俺が耳元で「オッパイ、オッパーイ!オッパイ諦めるんか?」と囁くとガバッと起き上がって「うぉ~~!オッパイ!オッパ~イ!」とまたがむしゃらに描き始める。

数日後、〆切日の夜
「やったー!終わったー!完成したー!」
「お、何とか間に合ったね。頑張ったね~!いつもこれくらい真剣に描けば漫画家になれるのにwww」
「そうっすねぇ。ほんじゃ、ちょっと中央郵便局に行ってきます」と飛び出していった。

パン!パン!手をたたいて投函する。「大賞取れますように!」


2か月くらいしてJ君がぽっちゃりした彼女と一緒にやって来た。
「おお。久しぶり。彼女さんも久し振りだね。で、新人賞の結果はどうだったの?」
と聞くと、彼女が左手をあげて「これ」と指輪を見せた。
「おお!入賞したの?おめでとう!」
「はい、佳作っすけどね。賞金10万しかないんすよ。」
「そう!でもよかったじゃん。仲直りもできたみたいだし。」
「はい。おかげさまで」
「そうか、そりゃよかった。」
「今仕事も探してて、見つかれば籍も入れようかなと思って・・。」
「そう、よかったね。頑張って仕事探してな!」
「はい、頑張ります。今日は報告だけなんで。じゃ、また来ます。」と帰ろうとする。
「あ、そういえば、この前のつけは?」
「それが佳作だったもんですから、指輪代で全部なくなってしまったんです。また今度でいいっすか。」
「あ・・・、そう…。」
「じゃ!」と2人は手をつないで帰っていった。

俺はJ君がいつか必ず売れっ子漫画家になってつけを払いに来てくれると信じている。



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