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小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第4話

第4話 二刀流

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

 昨年はMLBで大谷君が二刀流で大活躍でしたが、今回は漫画空間の二刀流のお話。

 開店と同時にチリリンとドアの開く音がしてD君が眠たそうな顔をして入ってきた。
「あれ?今日は仕事休み?」
「いやぁ、〆切延ばしてもらったんですが、やばいんで今日は有給取りました。」
「そうなんだ、相変わらず大変そうだね~。」
「はい、仕方ないですね。兼業でやってるんで。店長、すいませんがちょっと寝ますんで1時間したら起こしてもらっていいですかか?」
「ああ、いいよ。1時間したら起こしたげるよ。」
「ありがとうございます」と言って机に突っ伏せて寝息を立てはじめた。
 彼は大企業に勤務するサラリーマンだが、連載を3本も抱えているギャグ漫画家だ。会社の仕事をしながら毎月、週刊誌を4ページと隔週雑誌を4ページと月刊誌2ページの合計26ページを描いていて超忙しそうだ。そのうえ、今は来月出る単行本の作業も加わり多忙を極めている。
 数年前に結婚して小さい子供もいるからもっと大変だ。よくそんなに描ける時間があるなと思ってしまう。いつだったか「よくそんなにやれるね。いつ描いているの?」と聞くと、夜帰宅して家族が寝静まってからと朝早く起きて描いているそうで、いつも睡眠不足を嘆いてる。描いている漫画はギャグマンガなので描くのはわりと早く描けるみたいだが、アイデアを出すのに毎回苦労するそうだ。

 1時間後
「そろそろ1時間たったよ。」と起こすと
「ありがとうございます。ちょっと寝るだけでだいぶ違うんですよね。」といってタブレットで原稿作業を始める。彼も2年くらい前までは原稿用紙を持ち込んで描いていたが今はタブレットだ。最近はデジタルで描く人が多い。液晶ノートパソコンで描く人もいるが、リンゴ社のタブレットで漫画ソフトが使えるようになってからは持ち運びに便利なこともあり、一気にタブレット派が増えた感がある。
 デジタル化はここ10年くらいで進み、今ではアナログで描く人は珍しくなってきている。スクリーントーンやベタなどクリック一つでできるし修正も簡単だ。一度デジタルでやったらもうアナログには戻れないという人が多いのもわかる。
デジタルと言ってもさまざまで、ペーパーレスのフルデジタル派もいれば、ネームまでは紙という派やペン入れまではアナログという派もいる。みんなそれぞれ自分のやりやすいやり方でやっているみたいだ。

夜11時近く、店内ではD君だけが黙々と作業していた。
「あ~、疲れた。そろそろ閉店ですね。」とD君が背伸びをする。
「どう?間に合いそう?」
「はい、何とか間に合うかな?ってところですかね。」
「そうか、いつも大変だね。」
「はい、初めは何とかやれるかなと思って引き受けたんですけど、やり始めたら結構大変でwww。」
「ところでD君は、いつくらいから漫画描き始めたの?」と聞くと
「まだ5年くらいですよ。」
「そうなの?わりと最近なんだね。描き始めたきっかけは何だったの?」
「きっかけですか…、そうですね…。会社に入って数年間は朝から晩まで仕事、仕事、仕事で、家と会社の往復だけだったんです。朝、家を出て、仕事して、夜遅くに帰宅してコンビニ弁当食べて、また朝起きて会社に行くって繰り返しで…。なんか、このまま仕事だけでいいのかな?人生無駄にしてないかな?って思いはじめて、何か始めようと思って4コマ漫画を描き始めたんです。それでそういうサイトに投稿し始めたら結構閲覧数が伸びて。そのあと、ちょっと長い16ページくらいの漫画を投稿したらそれが結構バズって、いろんなところからオファーが来るようになったんです。」
「あ、それ俺も読んだよ。最初D君が来た時ビックリしたよ。あ!見たことある絵だ!って。あれ描いたのがまさか名古屋の人だとは思わなかったからさwww」
「はい。僕もまさか店長が読んでくれてるとは思いませんでしたwww」
会計したあと「じゃ、また来ます。」と帰って行った。

数日後。チリリンとドアが開いてD君が入ってきた。
「いらっしゃい。今日も有給取ったの?」と聞くと
D君の後ろから小さな顔がチョコンとドア越しに覗いていた。
「あれ?D君のお子さん?」
「はい、そうなんです。実はうちのかみさんが今二人目を妊娠中なんですが、切迫流産しかかって入院してしまったんです。1週間は絶対安静なんで子どもの面倒見ないといけなくて。でも〆切もあるものですから、家じゃとても原稿作業できないので、ここでちょっと見てもらいながら原稿やろうかなと…。実家の母親にも頼んだんですが仕事があるものですから2~3日後じゃないと来れないみたいで…今日一日だけお願いできませんかね?」
「え!いいけど、奥さん大丈夫なの?心配だね!ボクは2歳くらい?名前は何て言うの?」
「はい。来月ちょうど2歳ですね。Kって言います。」
「そうか、K君か。こっちおいで!ここへ座って。」と言うと
とことこと寄って来たので抱き上げて椅子に座らせた。
「おりこうさんだね~。はい、これでこうやって描くんだよ。」と紙と鉛筆を渡したら
何か描き始めた。
「すごいね。もう何か描いてるよwww大きくなったら漫画家かな?」
「だといいんですけど、家でもたまに何か描いてるんで。じゃ、僕はこっちで描きますんで。」と親子で机を並べて描き始めた。
「了解。頑張ってね。」

親子で机を並べて夢中で漫画を描いているのが微笑ましい。

作業しているD君に「奥さんいつ入院したの?」と聞くと
「一昨日なんですよ。帰ったら様子がおかしいんで病院連れて行ったら即入院でした。」
「そうなんだ。仕事は大丈夫なの?」
「はい、上司に説明して親が来るまでしばらく休ませてもらいました。会社は何とかなったんですが、原稿の方が何ともならなくて…。」
「そうか。ホントに原稿がなぁ。食事とかは大丈夫なん?」
「はい、何とか作って食べさせてますが、僕の作ったものはまずいらしくてなかなか食べてくれないですねwww。」
「ママがいなくて寂しがってない?」
「そうなんですよ。毎日顔を見せに病院に連れて行くんですが、帰る時と寝る時が一苦労なんです。」
「そうか。クレイマークレイマー状態だね。」
「あ、懐かしい映画ですね。ホントそんな感じです。」
と、話しているとK君が描くのに飽きたのか椅子から降りてあちこち物色し始めた。
「K!おとなしく座って描いてなさい。」とH君が言っても聞かずにいろんな本を引っ張り出し始めた。「こら!K!」
「いいよ、いいよ。珍しいんだろう。こっちで片づけるからいいよ。原稿やってて。」
「すみません。」
「ほら、K君、こっちフィギュアもあるよ。と棚に置いてある、あんど先生からもらった変態仮面のフィギュアを見せたらキャッキャッと笑って遊び始めた。
「変態仮面、2歳児でもわかるんだな。」
「わかるんですね。さすがですね。」
「どうする?将来パンツかぶり始めたらwww」
「ハハハ!困りますね~。」などと冗談を言い合ってるとK君が少しぐずり始めた。
「よしよし、おじちゃんが抱っこしたろう。」と抱き上げるとなんか暖かい。
「ん?」と思いおでこに手を当てると熱い。
「D君、K君ちょっと熱があるんじゃない?」
「え!そうですか?」といっておでこに触る。
「ホントですね。困ったな。こっちに座りなさい。」と椅子に座らせたがそのうちにK君がクタッとしてきた。
「大丈夫かな?」
「K!大丈夫か?さっきまで元気だったんですけどね。こんなこと初めてですね。」
「近くに病院あるから連れて行った方がいいんじゃない?」
「そうですね。ちょっと行ってきます。」
病院の場所を教えると抱っこして飛び出して行った。

1時間後、D君が抱っこして帰ってきた。
「風邪みたいですね。子どもって急に熱出すことあるみたいですね。注射打ってもらって薬飲ませたんで大丈夫だと思います。」
「そう、ビックリしたね。熱下がるといいね。こっちのソファに寝かせとき。」とソファに寝かせ、ひざ掛け用のブランケットを掛けるとウトウトし始めた。
「薬が効いてきたんですかね。大丈夫そうなんで今のうちに原稿やります。」と言ってまた机に向かい原稿を描き始めた。
「子どもが熱出しただけでも大変なのに、原稿もやって…D君すごいねぁ。」
「いえ、いえ、僕なんかより今一番大変なのは入院中のかみさんだと思うんで…。」
「そうか。そうだね…。男前だね~!D君は。」
「いえとんでもないです。」とまたペンを動かし始めた。

数時間後
「なんとか今日中に原稿送れそうです。」
「そう、よかったね。K君も熱下がったみたいだね。」
「はい。今日はご迷惑をかけて本当にすみませんでした。」
「いやいや大丈夫だよ。楽しかったよ。また連れておいで。」
「はい。ありがとうございます。また連れてきます。」とK君をおんぶして帰っていった。

会社員と漫画家と家庭の両立。俺は見送りながらD君は2刀流どころか3刀流だなと思ったよ。

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