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小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第8話

第8話 陽気なアメリカンが本を出した話

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

 店でお客さんと話しているとチリリンとドアが開いた。入口の方を振り向くと茶褐色の外国人の黒人男性がメチャいい笑顔で立っていた。
 一瞬(外国人がまた漫画を売っている店と間違えて入ってきたのかな?)と思いながら「いらっしゃい」と言うと

「ここ漫画が描けるんですね。描いてもいい?」と上手な日本語で言った。
「どうぞ、どうぞ」と招き入れて店のシステムを説明した。
「じゃ、3時間パックで。」
「じゃ、これ伝票ね。」と渡しながら「日本語上手だね。どこから来たの?」と聞くと
「僕はJと言います。ニューヨークから来ましたぁ!今日本で英語教えてるね。」と言った。
「そうなの!MOVAとかの英会話教室で教えてるの?」と聞くと
「No、いろんな高校で高校生に英語教えてるネ。」「そうなの!ALTなんだ。」
「そう!ALT!よく知ってるネ。」
「ここすごいね。漫画が描けるんだね。超クールネ。」と言いながら描き始めた。
見ていたらかなり絵は上手かった。イラストだがアメコミっぽいテイストでめちゃくちゃ細かい緻密な絵を描く。
それからJは毎週のように来るようになった。
話を聞くともう10年近く日本に住んでいるらしい。日本語もペラペラなわけだ。
メガプーサンドが気に入ったみたいで、来たらいつもそれを食べながら描いていた。
 Jはとにかく陽気だ。いつも笑顔で明るい。生徒たちにも人気がある。今でいう陽キャだ。お酒も好きで行きつけのBARによく行っていた。背はアメリカ人にしては小柄で175cmくらい。俳優みたいなイケメンではないが、わりと男前で愛嬌のある顔をしていた。「あしたのジョー」のカーロス・リベラの顔をホセ・メンドーサにしたみたいな感じだ。とにかく楽しいし女の子に優しいのでよくモテた。いつもガールフレンドをとっかえひっかえしていて、いわゆるプレイボーイだ。
Jの口癖が「人生楽しまなくっちゃ!」だった。その言葉通り、ハロウィンの時は栄でコスプレして可愛い女の子をナンパしまくったり、ある年の夏休みは1カ月間、タイのリゾートアイランドに行って現地で女の子をナンパしたり、毎日のんびり好きな時に海で泳いで、好きな時にビールを飲んで、好きな時に絵を描いてという、天国みたいな羨ましいバカンスを過ごしたりしていた。店の他の常連たちは「いいなぁ!Jは本当に人生を楽しんでる。」とみんな羨ましがっていた。

そんな彼だったが、ある日元気のない顔で「ALTの仕事を辞めようと思っているんだ。」と言い出した。「何で?給料もいいし、休みはあるし、いいんじゃないの?」と言うと「やり甲斐がない。いくら頑張っても評価されないし、毎年サラリーは変わらないし、毎年違う学校に行かせられるから生徒たちも毎年違うし。2~3年の短い間ならいいけど、長く続ける仕事じゃないネ。」と言う。
「そうかぁ、言われてみると確かにそうだな。で、やめてどうするの?」と聞くと
「まだわかんないけどね。漫画家目指そうかな?」と言う。
「いいんじゃない。外国人の漫画家目指して頑張れば?」
「店長、日本で漫画家になるにはどうすればいい?」
「そうだね。いろいろあるけど、まずは投稿かな?新人賞に応募して賞を取ってからなるパターンか、あとは出版社に描いた漫画を持ち込んで担当さんが付けば、見てもらいながら新人賞取って、そこからなるパターンとか。あとは同人誌を作ってイベントとか出てたら出版社の目に止まってオファーが来たりとか、最近はSNSとかに上げてて目に止まってオファーが来たとかいう話も聞くようになったし、いろいろあると思うよ。まずは作品がないと始まらないから何か描いてみたら?」
「うん、そうネ。とりあえず何か描いてみる。でも漫画家になるの結構時間かかるんだネ。」

しばらくしてJが来て「最初にキックスターターで本を作って売る。」と言い出した。
「何?キックスターターって?」と聞くと「最近アメリカで流行りだしたんだけど、何か作るとき最初お金がいるでしょ?でもお金がない人もいるね。だから、ない人はみんなから資金を集めて何か作って、資金出してくれた人には作ったものをプレゼントするの。」
「へー!そんなのがアメリカにはあるの?すごいね。」
「そうね。SNSとかで資金を出してくれる人を募集して本を作るからタダで作れちゃう。お金出した人には本をキックバックして残りの本は同人誌として売るんだ!このシステムはいいね。そのうち日本でも流行るかもよwww」と言って原稿作業を始めた。

今で言うクラウドファンディングだが、当時は日本にはまだその仕組みはなかった。

数週間後、Jは完成した同人誌を持って来た。
「店長、本が出来たよー!」
「早いね。もう出来たの?おお!ハードカバーでメチャ立派じゃん。」
「うん。いいでしょ!今日はお金出してくれた人に本と一緒に送る色紙を描く作業する。」と言って何十枚もの色紙を描き始めた。
「そうか。たくさん描かないといけないから結構大変だね。」
「そうね。結構大変だし、イベントに出してもそんなに売れないからあまりよくないネ。」

その後、Jは今度は投稿用の漫画を描き始めた。
黒人のアメリカ人の主人公がジャングルで冒険する話だ。正直日本の漫画にはあまりないジャンルだ。それが吉と出るのか凶と出るのか?

2か月くらいして30ページくらいの漫画が完成した。
Jが「新人賞に出すんじゃなくて東京に行って出版社に持込みしてみようと思うんだ。」と言った。
「そうか。いいんじゃないか。直接見てもらった方がいろんなアドバイスもらえるからね。」
「うん。今度行ってくる。」

それからしばらくしてJが来た。
「どうだった?持込み行って来たんだろう?」
「うん。行ったんだけどねぇ。やっぱ難しいネ。絵も話も日本向きじゃないって言われた
よ。」
「そうか…。で、どうするの?次をまた描く?」
「いや、東京行った帰りがけの新幹線の中で超~いいこと思いついたんだ。」
「何?」
「まだ内緒。そのうち教えるよ。超~おもしろいよ。」

それからしばらくしてJが来た。
「店長、この前また東京の出版社に行って来たネ。」
「え!また持込みして来たの?新しいのを描いたの?」
「いや、今度は漫画じゃないんだ。英語の本の企画を持込みしてきた。」
「英語の本!?どんな本なの?」
「スラングの本なんだけど、日本の学校で使ってる英語の教科書があるでしょ?」
「うん」
「その中の登場人物が10年後どうなってるかをスラングを使って教えるの。」
「ん?」
「例えばさ、クラウンの教科書にミスブラウンとかケンとかいたでしょ?その人たちの10年後がさ、ミスブラウンが離婚してヒステリックになってたり、ケンがグレてヤンキーになってたりしてたらおもしろいじゃん。そういう設定で英語のスラングを覚えていく英語の教科書なの。タイトルはブラッククラウンとかにしてさwww。」
「ほー!おもしろいね。で、出版社の反応はどうだったの?」
「ばっちり!ある出版社がそれおもしろいから出しましょうって話になってこれから本格的に作ることになった。」
「えー!すごいじゃん!マジかぁ!」
「マジ、マジ!」
「たくさん売れたらお金持ちになるやん。」
「イェーイ!やったネー!」

 ということでJは漫画ではなく英語のスラングの本を作ることになった。
イラストも自分で描くらしい。元々英語の先生だから得意分野ではあるんだけどね。
持ち込むということを覚えてから、いろんな出版社に企画を持ち込んだ行動力の結果だ。

数か月後、Jの本が出版された。タイトルは「ブラック クラウン」

 書店にJの本が並んだ。わりと話題になっていろんなメディアでも紹介され、かなり売れたみたいだ。シリーズ化しようということになり1年後に2冊目が出て、おそらくもう数冊出てるはずだ。

 Jはその後東京に出ていき、翻訳の仕事もしていたが、SNSの情報によると今は東南アジアのどこかの島に移住して起業して、海の近くに家を買ったそうだ。「ブラック クラウン」御殿かどうかはわからないけどね(笑)
Jとはまた会って一緒に飲みたいものだ。

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