1984年のエッセイをきっかけに70年代の”育児書ブーム”について調べてみた
この記事の続きです。
『日本の名随筆77 ”産”』
『日本の名随筆77 ”産”』は1989年に発売された随筆(エッセイ)集です。1915年(大正4年)~1989年(昭和64年/平成元年)までに書かれた「出産」をテーマにした随筆を集め、選び、収録しています。
「女が子どもと出会う日」
その中にジャーナリストの佐藤洋子さんが書いた「女が子どもと出会う日」(1981年)というエッセイがあります。
佐藤洋子さんは朝日新聞の記者(総合職)として、20代、30代とバリバリ働き、出産したのは39歳の頃でした。
冷静な視点で1979年のベストセラー『母原病』に書かれた”父親不在”の育児論を批判しています。今、読んでも納得感がある文章が小気味よいです。
佐藤さんのエッセイをきっかけに、『母原病』という本について調べていたら、1970年代には育児書ブームがあったことが分かりました。以下はその調査メモです。
前提1:「3歳児神話」のはじまり
子育てにおいて「3歳児神話」は有名です。発端はイギリスのボウルビィという精神医学者による、1951年(昭和26年)の報告書と言われます。
ボウルビィの報告書が日本に導入される際、「3つ子の魂百まで」といった日本のことわざや、1960年代に始まった「3歳児検診」と相まって、”子どもが3歳になるまでは母親の元で育てた方が良い”といった間違った認識(誤解)として定着したといったことが「3歳児神話」の真相のようです。
「3歳児神話」が誕生した1950~1960年頃には、子どもが3歳になるまでは母親の元で育てた方が良いといった、母親に子育ての責任を求める風潮はあったのだと思います。
また、高度経済成長に合わせた国の政策が「子育ては母親の仕事」といった社会通念を生んだ、強めたとも思います。1950年代後半あたりから、高度経済成長を乗り切る為に父親が外で働き、母親が専業主婦となり家事育児を担当するという家族モデル=工場的労働モデルを目標に政治をしていたようです。(当時は諸外国も日本と同様のモデルでしたが、80年代くらいで方向修正しています。)
※補足として。現在の調査・研究では「3歳児までの養育環境は重要である」ことは明確ですが、「育成担当を母親に限定する必要はない」とされています。(この辺の詳細は「母を悩ます"3歳児神話"」が分かりやすいです)
前提2:”子育ては親の責任”という考え
既に「戦後~1950年代の子育て」の歴史をまとめた記事を公開していますが、例えば1950年代後半に登場した、不良のはしりである「太陽族」について報じた雑誌記事には、若者の非行について”グレさせるのは家庭の冷たさ””親が悪い”とし、親の責任を問うています。
※画像はブログ「名前のない鳥」の記事「1957年「月光族ハンランす」無軌道な青春!」より転載。
1950年代には、子どもの「非行(不良化)」の原因を「家庭(親)」とする風潮があったと言えるでしょう。
現在の子育ても親の孤立感が強いといいますか、社会全体で育てよう!といった風潮が全くない感がありますが、3歳児神話の件も含めて考えると、「子育ては親の責任である」とする空気は1950~1960年代にはあったし、一般的な考え(常識)だったようです。
そういったプレッシャーの中、人々が求めたのが”正しい子育てを示す育児書”だったのではないでしょうか。
1970年代のベストセラー
「1970年代 ベストセラー本ランキング/年代流行」で調べると、司馬遼太郎さんの小説も人気のようですが、単純な娯楽としての本だけでなく、教養を得る本や思想書が売れていた(読まれていた)ことが分かります。
例えば『人間革命』(池田大作)や『般若心経入門』(松原泰道)等、宗教色が強い生き方を指南する本や、『ノストラダムスの大予言』(五島勉)といった終末思想的な本、塩月弥栄子『冠婚葬祭入門 いざというとき恥をかかないために』といったマナー本(300万部突破で映画化までしたらしい…)が売れていたようです。
ベストセラーの版元に光文社(KAPPA HOMESやKAPPA BOOKS)が多いので、当時の光文社にやり手編集者がいたに違いない…と調べてみたら、第一次新書ブームと言われる状況だったようです。→Wikipediaの「カッパ・ブックス」
1970年代の”育児書ブーム”
1970年代のベストセラーには、育児書も多いと感じました。
先に挙げた「太陽族」は”不良の走り”とも言われますが、戦後の教育や、高度経済成長期で子どもが思わぬ方向に荒れ始め、親も悩んでいたのだと思います。いろいろな親が、救いを求めて本を手にしたような気がします。
『スパルタ教育』
育児書ブームの火付け役は、1969年発売の『スパルタ教育』(石原慎太郎)です。不良の火付け役である「太陽族」の生みの親である石原慎太郎が書いた育児書が売れたのは、「太陽族」に憧れた同世代の支持があったからでしょうか…?
1970年の売上9位になっています。70万部売れたそうです。タイトルのイメージは悪いのですが、今読んでも「そう悪くない」という人もおり、Amazonレビューの評価は賛否両論といった感じです。
吉田豪さんが2011年に行った、石原慎太郎さんへのインタビュー記事が面白かったです。
『戦争を知らない子供たち』
1971年10位に『戦争を知らない子供たち』(北山修)。
フォークソング「戦争を知らない子供たち」を歌ったフォーククルセダーズの北山修さんのエッセイで、育児書ではありませんが、70年代当時の若者の言葉として共感の声が多い本です。
『女の子の躾け方』
1972年7位『女の子の躾け方』(浜尾実)。浜尾実さんは元東宮侍従で、1971年に退官。その後書いたのがこの本のようです。
東宮侍従は「皇太子を育ててきた人」とも言えますが、なぜこの時期に、しかも女の子の躾け本を出したのか…?皇太子(現・平成天皇)ご夫妻の成婚は1959年、子どもが生まれたのは1960年・1965年・1969年です。
※1972年刊行の単行本情報はAmazonにはありません。Wikipediaには1983年発売とありますが、初版は1972年です。→国会図書館
『放任主義』
同じく1972年10位『放任主義一人で生きる人間とは』(羽仁進)
著者の羽仁進さんは映画監督です。1972年に『子どもを幸せにする本 叱らずに躾ける家庭教育』といった教育書も出しています。
この本の登場により、「スパルタ教育」か「放任主義」か?世論が二分したと、当時を回想する方もいました(ネット上でチラホラ見かけました)。
羽仁進さんの娘・羽仁未央さん(1964年生まれ)は小学4年生の時に学校教育を否定し、それ以後は学校に通わず、学校教育も受けず、家で教育を受けたそうです。既に亡くなっているのですが、お話を聞いてみたかったなあ。
●登校拒否の先駆け、羽仁未央氏死去(不登校新聞)
『親の顔が見たい』
1975年6位『親の顔が見たい(正・続)』(川上源太郎)。
作者の川上源太郎さんは社会学者、評論家。内容は若い女性のマナー違反を指摘するものだったようです。1972年の『女の子の躾け方』と通じるものを感じます。
1950年代から女性のファッションは大きく様変わりしました。例えばミニスカートが登場した。ジーンズを履くようになった。(現在の感覚では分かりにくいかと思いますが、短いスカートだけでなく、ジーンズなどのズボンを履く女性も批判されていたのです…。モンペは良いのに…)
女性の見た目の変化や行動の変化に対して「女らしさを取り戻せ」といった批判が増えても、不思議ではありません。
”育児書ブーム”の終焉?
そんな流れの中、1979年にぜんそくが専門の小児科医・久徳重盛氏が書いた『母原病~母親が原因でふえる子どもの異常』という本が発売されます。
『母原病』はその後の続刊や『父原病』等のシリーズ累計で100万部を超えるベストセラーらしいのですが、70年代初期からの「教育書ブーム」の締めくくりともいえる本だったようです。
『母原病』
1979年に発売。1990年に再出版。ベストセラーでシリーズ累計100万部を突破したようです。著者は小児科医で「ぜんそく」が専門だったといわれる久徳重盛医師。
子どもの不調や病気、例えばぜんそく、不登校、アトピーなどの原因の大半は「母親の愛情不足」や「過干渉」だと述べています。エビデンス(科学的、数値的根拠)はなく、医師としての体験談、主観を述べただけのものでした。
●『母原病――母親が原因でふえる子どもの異常』(arsvi.com)
*母原病
「ぜんそくや胃潰瘍の子、熱を出しやすい子などの症状と、家庭内暴力ややる気のない子などの症状とは、表面的に見た現象は随分異なります。しかし病根は同じなのです。いずれも親の育て方の誤りに原因があって、子どもの心身形成・人間形成にひずみができ、その結果、子どもたちに病気や異常があらわれたのものです。育児の中心的役割を果たすのはやはり母親なので「母親が原因の病気」という意味で、私たちは「母原病」といっています。
『母原病』に関する記事は色々ありますが、内容や社会背景を丁寧に掬い取っているのがこちらの記事です。
●久徳重盛「母原病」(1979)(mokoheiの読書記録帳)
山田ノジルさんの軽快な文章と突っ込みが好きです。
●子の病気=母親に原因あり! 「母原病」の源流をたどるとトンデモ医師にたどり着く
70年代のブームと、2000年代の「育児書」忌避感
私は育児書をたくさん読むほうですが、ブログやTwitterを見ていると「育児書はいらない」と、育児書を避けているお母さん方は多いと感じます。そういった忌避感情は70年代の育児書ブーム、80年代の育児雑誌ブームに端を発するのかも知れません。
まとめ
『スパルタ教育』や『母原病』といった育児書を現在の感覚で眺めると「うわあ…」と思ってしまうのですが、1950年代も、今と変わらず、子どもを社会全体で育てようといった意識は薄く、”子育ては親の責任””家の問題”という意識が強く、親になった人たちは”正しい子育て”を模索して、悩みながら、育児書を手にしていたのだと思います。
当時、子育てを真剣に考えていた人ほど、うえで挙げたような育児書を手に取ったのではないかな?
結果として、それが「親の世代と今の世代の育児観の違い」であったり、「子育ては親の責任とする人が多い」遠因になっているようにも思いました。
おまけ・個人的におすすめな育児書
最近はエビデンス(科学的根拠)に基づいた、実践的・実用的な育児書も増えてきましたし、母親だけでなく、父親と一緒に読めるものも増えました。
個人的なお勧め…は色々あるので、最後に表紙画像をペタペタ貼って終わりとします。佐々木正美さんとかも読んでますし好きですが、せっかくなので最近の本にします。お疲れさまでした。
小児科医・森戸やすみ先生
大変お勧めです。お守り代わりに、みんな持つと良いと思っている本です。
『祖父母手帳』は自分の親に読んでもらっても良いかと。
大河原美似さん
東京学芸大学・総合教育科学系教育心理学講座 教授。HPもお勧めです。
田嶋英子さん
お母さんサポートの専門家。この本は子どもの「困った」に対する解決策が論理的で目から鱗な気分。参考になると思います。
色々な育児漫画
育児書も好きですが、やっぱり育児漫画は最高の発明だと思います。子育てにつらい場面でも、漫画の一場面が思い浮かんでクスってなるんですよね。その笑いが余裕を作ってくれたりもする。
今はSNSでいくらでも好みの育児漫画が探せる。良い時代だと思います。
子育ての歴史を調べるのと並行して、70年代の育児書や、「団塊の世代」と言われる方たちの考えに触れられる本も読んでみたいと思います。
毎度毎度、長い文章を読んで頂きありがとうございます。またよろしくお願いします。
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