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NEED NOT SPIT ON YOUR GRAVE

昔から電話があまり得意ではない。どうしたって声だけで全てを判断しないといけないから。受話器を耳に当てて、集中して相手の声を聞くと、その細かな強弱や抑揚、アクセントやイントネーション、息遣いから、相手の感情やら気分やら機嫌やらが鼓膜を介してどっと流れ込んでくる。

嬉しい話題や楽しい話題ならいい。でも電話が鳴るときってなぜだろう、愚痴やクレームを一方的に聞かされることが多い。これって私だけかな。

だから家の固定電話は1コール鳴ったらすぐ留守電に繋がるように設定してあるし、スマホが鳴っても基本的にすぐには出ない。

真に受けすぎだよ、とよく言われる。自分が言われたこと全部そのまま受け取ってしまう性質なことも、そのせいで電話に出るのが苦手なことも、自分でよくわかっている。適当に聞き流しとこ…なんて上手に切り替えられなくて、全部まともに聞いてしまうから、しんどくて、息もできないほど苦しくなる。


数日前もスマホが鳴った。妹からだ。画面に「S(妹の名前)携帯」と表示されるだけで息苦しいし、心臓が痛い。

電話口の妹はいつもものすごく怒っているか、ぐじゃぐじゃに泣いているかのどちらかだ。
これが妹の病気(長年、統合失調症を患っている)に起因するものなのか、もともとの性格や気質によるものなのかわからない。

その日は後者だった。私が電話に出るなり「お母さんに会いたい」と言い、そのまま数分間号泣した。母は3年半前に他界している。

妹によると、母さえ生きていてくれれば、全ての苦痛から解放されるのだそうだ。そもそも母が生きている間だって、体調が悪くてしんどいときは今と同じようにぐじゃぐじゃに泣いて私に電話をかけてきていたはずなのに、そのことはすっかり忘れてしまっている。

今はちょうど季節の変わり目で、体調が優れないのも仕方のないことだ。そういうものだと思ってやり過ごすしかない。妹にはこれまで何百回とそう言い聞かせていて、その場では「わかった」と言うけれど、その翌日か、翌々日か、遅くとも数日以内にはまたぐじゃぐじゃに泣いて電話をかけてきて、全く同じことを言う。そのときはわかったつもりでも、本当のところは理解できていないのだろう。いや、そもそもわかっていないのに、わかったと言っているだけかもしれない。

このやりとり自体、いつものことと言えばいつものことで、いつまで経っても慣れない私の側も問題なのだろう。でも、電話口でぐじゃぐじゃに泣かれるだけで精神をゴリゴリに削られる上、どうせ伝わらないとわかっていながら、同じことを繰り返し何度も言い聞かせ続けないといけないのはただただ不毛で、苦行で、うんざりもする。

だって、端的にマジレスするなら、死んでいる母に会う方法なんて一つしかないのだ。
できるものならやってみれば…という言葉をぐっと飲み込み、代わりにこう言った。

仏壇の下を開けてみてごらん。お母さんはそこにいるから。あなたがいつでも会いたいというから、お墓には納めずに、そこに納骨したのだから。24時間365日いつでもいつまでも、気が済むまで骨壺に向かって話しかければいい。
(妹は両親の遺骨を手放したくなくて、墓を買わず、仏壇下の収納スペースに骨壺を置いたままにしている。詳しくは以前書いたこちらをご覧ください。)

妹は私の言い草が不服だったのだろう、こう言い返してきた。
「お母さんだってお墓に入りたがってなんてなかったけどね」

は?何言ってんの?ブチ切れそうになる気持ちをどうにか宥めながら、こう言った。

「え?そんなの初耳なんだけど。だってお墓の見学に行ったでしょ。何ヵ所も。入るつもりないなら、術後のしんどい身体であちこち見学になんて行かないでしょ」

すると妹はこう続けた。

「お母さんの送ったメールを全部読んだら、お母さんが親友に送ったメールに『思ったよりお墓が小さいので、また次のお墓を探したいと思います』と書いてあった。納得のいくお墓じゃなかったから、入りたくなかったはず」

おそらく、それは最初の候補地に見学に行った後すぐに送ったメールのはずだ。たしかに1区画のスペースは狭く、専用の筒状容器に骨を粉々に砕いて納めるとのことだったが、全ての骨が入り切らない可能性もあると言われた。そのことについて当初母が納得いかない様子だったのは覚えている。

ただ、その後見学に行った2ヶ所目の候補地は、お坊さんのあげるお経がうるさすぎるという謎の理由で即却下され、3ヶ所目はスペースは広かったものの、人里離れた山奥すぎて寂しくて嫌だという理由で却下された。

母は樹木葬を希望していて、当時その希望に沿う墓地は自宅近辺にはその3ヶ所しかなかった。次の候補地を探すとなると、かなり遠方になってしまう。多くはない選択肢の中から、やっぱり最初に見学に行ったところしかないわねぇ…と言っていた。けれど、その場に妹がいたわけではないし、録音だってしていなかったから証明はできない。

…はいはい、じゃあもうそういうことでいいわ。妹の生きる世界では、いつだって妹の言い分だけが正しくて、他の人が間違っている。妹だけが不遇で、その不遇の原因は常に他のところにある。

「へー、そうなんだ。じゃあそうなのかもね。てか、もうだいぶ元気そうになったから大丈夫だよね。携帯の充電が切れそうだから切るよ、またね」

あと少しで最初に飲み込んだマジレスを口にしてしまうところだった。あぶねー。急いで電話を切った私、マジで偉かった。


これまでずっと、自分で入る墓を自分で決めてから逝った母を思い、墓に入れてやれないことを悔やんできたし、同じ墓に入るつもりでいた父にも申し訳ない気持ちでいた。

でも、もう罪悪感を覚えるのはやめようと思った。
墓に入れてやれないのは、私のせいじゃない。

そもそも墓にこだわるのも、もうやめにしよう。
両親は私の心の中にずっといる。仏壇下に納骨したときの骨壺の重さは、この両腕がずっとずっと覚えている。

敬愛するDJ松永さんが選曲した今月のプレイリスト(2022年5月)の中の1曲「死んだら骨」という曲にもこうあった。

骨だけになっても
その骨を大切と
思ってくれる人が
1人でもいればいい

SUSHIBOYS「死んだら骨」

妹からの電話の内容を、全部真に受けなくてもいい。
とか言いつつ、電話に出てしまったらどうせ真に受けてしまうから、最初から電話に出る回数を減らせばいい。
今は3回に1回くらいだけど、5回に1回くらいに。

私は私の人生を、楽しく生きよう。
最期は私も骨になる。そのとき、あー、人生楽しかったー!と笑っていたい。

今を楽しむに全力で
いればいいと思う
本当にいいと思う
骨になっても後悔のないように
生きてればいいと思う

SUSHIBOYS「死んだら骨」

唾棄するための墓なんて要らない。唾棄したところで目の前の現実は何も変わらないしね。

※タイトルは敬愛するCreepy Nuts「耳無し芳一Style」の歌詞から、一部を変えて勝手にお借りしています

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