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偽善者が選ばれました #一つの願いを叶える者【短編小説・2800字】

#一つの願いを叶える者  募集企画に応募してみました。
注意・説那(せつな)様のファンの方にはおすすめしません。いろいろすみません(先に謝っておきます…)。


偽善者が選ばれました #一つの願いを叶える者

(約2800字)

「貴方は選ばれました、貴方の願いを一つ叶えましょう。」
 4本目の缶ビールをカラにしたところで、頭上から降って来たセリフ。そんな声の掛け方されたの、初めてだよ。酒の席とはいえ、初対面同士、ここからどうやって話を広げろと? でも今夜の私は寛大だったので、ソイツの話につきあってやることにする。
「願いは何でも構いません。貴方の願いをお聞かせください。」
「じゃ戦争止めてきて。」
「それは叶えるには、複数の願いになりますね。叶える願いは、一つだけです。」
「今流行ってるあの病気をどうにかするのは?」
「それも、複数の願いになります。」
「遠い親戚に、余所の国に連れ去られた人がいるんだけど、取り返してきて。」
「見つけて、帰す。やはり複数の願いですね。」
 ダメ出し3連発。それにしてもなーんかもやっぽい、白っぽい人だなあ。あ、『働く細胞!!』の白血球さんみたい。そう思った瞬間、白いキャップをかぶっていることに気付いた。髪型も服も、声もそっくり。わあすごい、リアル白血球さん!
「叶えるのは、一つの願い、です。それにそれらは、貴方の願い、ですか?」
「何よー、私の願いっぽくないって言いたいの?」
「いえ、それらは貴方ご自身の願いではなく、他人の為、のように聞こえたので。」
「偽善者っぽい? すごーい、その通り、よくわかったね!」
 嫌味たっぷりに言い返してやったけれど、白血球さんは動じなかったし、返事もしてくれなかった。なんか悔しい。偽善の何が悪いんだ。私は座ったまま冷蔵庫に手を伸ばして、新しい、冷えた缶ビールを取り出す。あれ? ここって、ウチのキッチンじゃん。白血球さんにナンパされたと思ってたんだけど、あれ?
「改めて、お伺いします。貴方の願いは、何ですか?」
 白血球さんが構わず続けるので、いろいろどうでもよくなってきた。そもそも、いろいろどうでもよくなっているから、こうして飲み続けているのだ。知らないヒトが家にいるくらい、どうでもいいことかもしれない。私は黙ったまま缶ビールの栓を開け、ゴクゴクと飲む。
「先にお伝えしておきますが、貴方の願いを叶えるにあたって、見返りや代償は求めません。」
 無視されてもちっともめげない彼に少しイラっとして、私は言い返してみる。
「でもさ、その願いが叶うことで、歴史が変わったり、何かに影響を及ぼしたりなんかしちゃってさ、人様のご迷惑になったりするんじゃない?」
 それを聞いた彼はほんの少し首をかしげて、それから答えた。
「それは、どんなことでもそうでしょう。人が願いを叶えれば、起こることはあります。ですが貴方は、貴方方は、それを認識できません。私も、私に関する記憶も消えますし。ですので、何の問題もありません。」
 私の願いで、世界は変わる。でもその変化は、誰にも認識は出来ない。世界線が変わる、的な? 誰かの願いで、変わった世界。私たちはそれを、認識できない。
「ですから、難しく考える必要はありません。貴方はただ、貴方の願いを私に告げればよいのです。そろそろ教えていただけますか?」
 あれ、せかしてきた。そうか、このナンパは失敗だもんね。いや違うのか? どっちにしてもこうやってお引き止めするのも悪いし、ん、引き止めてないけどな?
「特にないんで、いいでーす。」
「選ばれた貴方に、拒否する権利はありません。」
「拒否とかじゃないんだけど。あ、オシゴトなのか! じゃ何か言ってあげないとだね!」
「どうご理解いただいても構いませんが。それで、貴方の願いは?」
 願い、って何だろう? 願いは、悩みを解消するモノ? 借金返済してもらう? あ、永久脱毛! 体重を40キロ代に! 黄ばみのない真っ白な歯! 素敵な男性との出会い! ……待って、何の動画広告よ、これ。それにしても、何で私が選ばれたんだ? もっともっと悩んでる人のところに行けばいいのに。いやきっと、この後行くんだ。じゃあ早いとこ、次行ってもらわないと! よーし、時間かからなさそうな願いにしよう。
「私の、願いは! ピスタチオのアイスクリームを、明日の”おめざ”にすることです!」
 こんなにはっきりと宣言したのに。それを聞いたはずの白血球さんは、私を見たまま何も言わず、動きもしなかった。しょうがないので、私は重ねて説明する。
「ピスタチオのアイスは、すぐ向かいのコンビニに売ってまして。かわいい猫のイラストで、ココアクッキーがのっかってるのを、出来れば希望します。”おめざ”というのは、起きた時に甘いモノを食べる習慣のことです!」
 なんで急に丁寧語になったのか、自分でもよくわからなかった。酔っ払いのやることですので……でも、お願い事するんだしやっぱり、ねえ?
「……本当にそれで、よろしいですか?」
「よろしいです! 私なんかさっさと終わらせて、次の人のとこ、行ってください!」
「わかりました。」
「お待たせしてしまって、すみませんでしたっ!」
 まったく顔が見えないのに、彼がふっと笑ったような気がした。
「貴方の願いは叶えました。」
 彼の姿が消えた……消えた? ってことは本当に、記憶も消えるのかな……。


 目が覚めたら、とっくに午前は終わっていた。昨日は仕事で物凄くイヤなことがあって、でもそれは自分の努力で改善できることじゃなくて、借金もあるから会社を辞める訳にもいかないし、という袋小路に迷い込んで、ナビも地図も見つからなくて、そうしたら酒という灯りで足元をただ照らすしかなかった。ぜんぜん上手くないのに上手いこと言った気になっても、二日酔いは和らいだりしない。
 キッチンのテーブルに展開されているビール缶のオブジェを横目に見つつ、冷蔵庫の中身を確認する。スポーツドリンク、そんな気の利いたモノはなかった。グラスに水道水を満たし、ゴクゴクと飲んだ。流れで、何の期待も抱かず冷凍庫を開ける。
 おっと、昨日の私、グッジョブ! ピスタチオのヤツ! 一時期リピ買いする程ハマってたアイスクリーム。最近は体重計の数字が気になって、控えてたんだよね。でもこれ、コンビニ限定販売だよね。昨日、缶ビールをスーパーで買ったのは覚えてるんだけど、コンビニ、寄ったんだっけ? すごい、ぜんっぜん、覚えてない! 
 今日は休み。頭は痛い、でもアイスはおいしい。明日はまた仕事。私はまたきっと、仕事でヘラヘラと笑い、ですよね~を繰り返す。波風立てないように、いい子ぶって。あの人偽善者って、陰口を言われて。今またチクリと胸が痛くなったけど、昨日ほどじゃない。
 偽善者の、何が悪いってんだろう?
 ピスタチオのアイスが、すごくおいしかったから。おかげで二日酔いの偽善者は、開き直りに成功したようだ。



【2022.7.27.】


説那(せつな)様
いつもありがとうございます。
図々しくも応募させていただきました。
「偽善者ですね」の、”偽善者”というコトバが、なんだか引っ掛かったのです。

お読みいただき、ありがとうございました!

ご来店ありがとうございます! それに何より、 最後までお読みいただき、ありがとうございます! アナタという読み手がいるから、 ワタシは生きて書けるのです。 ありがとう、アリガトウ、ありがとう! ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー