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06 酒の顔をした街のビールとホルモン

ある日、いつものように仕事をサボってSNSをぼんやり眺めていたら、衝撃的な写真が流れてきた。なんの変哲もない丼に盛られたうどん。だが、その上には脂っこく煮込まれた赤茶色のホルモンがたっぷり乗っている。青ねぎもドサっとかけられ、粉唐辛子の赤が目に眩しい。ぼくは初めて見るビジュアルのものだった。

そのホルモンうどんを食わせる店「きらく」は、大阪の新今宮駅からほど近いところにある。そのエリアは西成区と呼ばれていて、日雇いの労務者が多く暮らしている。ま、いわゆる“ドヤ街”なので、観光客が興味本位で足を踏み入れていいような場所ではない。

しかし、だからこそ安くてうまい食い物がある。ポケットの小銭で飲める店もある。そのことは、ぼくもなんとなく知っていた。なぜなら、関東にも同様の地区があるからだ。

SNSにきらくのホルモンうどんをアップしていたのは、飲み友達のタムラだ。彼は普段は上野の指圧治療院でゴッドハンドを振るっているが、仕事が休みの日には、うまいラーメン、うまい酒、うまい肴を求めてあちこちへ出歩いている。その日はふらりと大阪まで行き、街を散策していたらしい。

そこで、たまたまこのホルモンうどんと出会ったのだ、という。

もちろん、いきなりうどんと出会うわけがない。まず最初に目に飛び込んできたのは、店の外観だ。それが上に掲げた写真である。この顔つき!

老朽化した外壁が剥がれ落ちないようネットで保護しているビル。その隣にある店舗も横の壁はヒビだらけだ。赤サビでほとんど文字が読めなくなった看板を補うように、テントの上にも白い看板が出ているが、それもネジが緩んでずっこけている。そして、これらがあるロケーションは西成ドヤ街のど真ん中。

東京からやってきた一見の客がこの店の暖簾をくぐるには、かなりの勇気が必要だろう。それを実行し、見事に最高の店を発見したタムラは偉い。それからぼくは、いつか自分もきらくへ行ける日を夢見た……。

と言いたいところだが、日記を見ると2017年の7月22日に初訪問(はつほるもん)している。これは、タムラがきらくを発見してからおよそ2週間後だ。普通の人の感覚で言えば、ほとんど躊躇うことなく大阪までビュワーンと行っちゃっている、のである。動物のような行動力だ。

でも、それを実行しただけのものが待っていた。店内の場末感も素晴らしいの一言だったし、肝心のホルモンうどんの味も予想をはるかに超えるうまさだった。甘辛いホルモンを噛み締め、ワンカップの空き瓶を再利用したコップに注いだビールをくーっと煽る。至福。ぼくの求めていた大阪がここにあると思った。

以来、約1年の間にムリヤリ出張の用事を作っては3度ほど大阪へ行き、そのたびにホルモンうどんとビールの組み合わせを楽しんできた。

あるときは、ぼくの隣でビールを飲んでいたオヤジがいきなり席を立ったかと思えば、そのままフラフと表へ出て、道路を挟んだ向かいの壁に向かって立小便を始めた(きらくは戸を開け放っているので丸見えだ)。またあるときは、ぼくがホルモンの小皿でビールを味わっていて、ふと外を見ると、酔いつぶれたオヤジが路上に落ちていた。通りすがる人は誰も起こさない。それが日常の風景。

コロナ禍で大阪へ行く機会はガクンと減った。昨年(2021年)の10月あたりから感染者数もかなり減ってきて、今年こそは行けるかと気楽に考えていたのだが、年が明けた途端、オミクロン株による第6波で、またきらくは遠のいてしまった。

ああ、大阪へ飲み歩きツアーをしに行きたい。ホルモンうどんでビールを飲りたい。この街は、存在そのものが酒の顔をしている。

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