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10 永ちゃんの教えに従い飲んだビール

プレミアムモルツ(プレモル)が苦手である。

どこがどう苦手なのかはうまく言えないのだが、飲んでうまいと思ったことがない。そもそもビールが特別好きなわけではないからだとも言えるが、サッポロ生ビールの黒ラベルは好きで、気まぐれにビールが飲みたくなったときは、ほぼ迷わずそれを買う。あとは、チンタオ、シンハー、チャーンといったアジア系のビールは好きだ。

話をプレモルに戻す。苦手だと言っておきながら引き合いに出して申し訳ないが、プレモルのCMでの永ちゃん(矢沢永吉)は本当にうまそうに飲む。顔つきのせいだろうか。よく土田世紀が真似して描いていたあのアヒル口をグラスに近づけ、ぐぐっとビールをすする。実にうまそうだ……。ぼくは飲まないけどね。

あのCMのイメージが強いからか、ぼくにとって永ちゃんといえばビールを連想する。いわばビールの顔だ。

キャロルの頃から永ちゃんは好きで、レコードもCDも持っている。けれど、コンサートには行ったことがなかった。純粋に音楽を聴きたいという気持ちもあるが、永ちゃんのコンサートは集まっている客を見るのもおもしろいらしい。

みんな“その日”のためにリーゼントをビシッと決め、ファッションも皮の上下だったり、コンポラスーツだったり、様々な時代の永ちゃんの真似をする。当然のことながら肩にはバスタオル。これをナンシー関は「信仰の現場」と呼んだ。

その光景はやっぱり見ておきたい。一生に一度は見ておくべきもののような気がする。そして、その夢は2017年に叶った。友達のテッシーが矢沢永吉コンサート@武道館「TRAVELING BUS 2017」のチケットを取ってくれたのである。

いや、興奮したねえ。もう入場前から楽しい。武道館を取り巻くそこかしこに永ちゃんがいる。右も左も永ちゃんだらけ。カップルで来ていて、彼氏がリーゼントなのは当たり前。彼女すらもリーゼントという気合の入ったカップルもいた。家族連れで来ていて、妻も夫も子供も永ちゃんというのも見た。

チラッと売店を見たら大行列。ぼくはグッズを買うほどのファンではないのでスルーしたが、みんなバスタオルを買うのだろう。そして実際にほとんどの客が肩にバスタオルをかけている。もちろんいちばん多いのは、あの白地に黒でロゴが入ったやつだが、カラーは何色もある。

永ちゃんのコンサートは、禁酒である。場内で飲めないのはもちろん、入場前に飲んでくることも許されない。入場ゲートには何人ものガードマンがいて、観客は彼らに向かって「はーっ」と息を吹きかけねばならない。酔っていないことを証明するためだ。何人もの息を嗅ぐ。中には歯槽膿漏のやつもいるだろう。たいへんな仕事もあったものだ。

飲酒が御法度なのは、過去に観客同士でトラブルがあったとか、そんな事情によって生まれた自治なのだと思われる。まずはシラフでコンサートを楽しめ。矢沢の音楽は酒の力など借りなくとも極上である。今宵は永ちゃんの歌声に酔えと。そういうことなのだ。

コンサートの終盤。アンコール前に永ちゃんは売店のスタッフに、その日は何色のバスタオルがいちばん売れ残っているかを聞くと言う。たとえば「青だ」と言われたら、その色のバスタオルを肩にかけてアンコールのステージに登場する。そして最大のヒット曲である「止まらない Ha〜Ha」を歌う。

終演後、どうなるかはもうおわかりだろう。みんな売店に走り、青のバスタオルを買うのである。そりゃあ35億の借金も返せるはずさ。

コンサートのラストに、永ちゃんは言った。「みんなうまいビール飲んで帰ってねー!」と。そんなこと言われたら真っ直ぐは帰れないよね。ぼくももちろんテッシーと神保町の居酒屋に飛び込んでビールを注文した。それはプレモルではなくキリンだったけれど。

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