【アンテナを張る】という事

5月で41歳になりました。
年齢とともに涙もろくなる、とよく聞きます。
科学的根拠はよくわからないですが、私は20代から特に音楽と映画でボロボロ泣いていました。
なので加齢説はあまり信用していません(笑)

泣く、という行為はそこには悔しかったり寂しかったり、悲しかったり、逆に嬉しかったりたくさん笑ったりと感情が動く時で、それは感受性や共感力、想像力が高まっている状態だからこそ涙が出てくるのです。

私は最近だと「official髭dandism」の「Cry Baby」で大泣きしました。
まず粒だったベース音がカッコいい。ボーカルのハイトーンボイスと歌い方の熱量が曲調にマッチしている。
何よりサビの歌詞が物凄く背中を押してくれる。
「何度も青あざだらけで涙を流して流して不安定な心を肩に預けあいながら腐りきったバッドエンドに抗う」
今曲聞きながら打ち込んでても涙が出てくるという変態ぶり(笑)
この「抗う」という言葉の表現力が秀逸だな、と初めて聴いた時に鳥肌が立ちました。

今の自分のこれから進む道への不安という自分の境遇が重なっているというのもあるのですが、それも歌詞と自分の状況を重なられる想像力と共感力があるから。

私は児童指導員として「イベントを組むにあたってアンテナを張りましょう」と伝えています。

このアンテナを張る、という行為が感受性、想像力を高める、ということにつながっていると私は考えています。

看板やポスターのデザインが自分の施設の刑事に役立つかもしれない。
テレビのバラエティのゲームが自分の施設のイベントに役立つかもしれない。
お気に入りのお店のレイアウトが自分の施設の配置に役立つかもしれない。
そんなヒントはただ道を歩いているだけでは見つからないです。
キョロキョロしてたら怪しい人ですが、それの行動が自分自身の感度を高めることにつながります。

それでは感受性を高めるにはどうしたらよいか。

私は映画を観たら必ずリアクションをします。
驚いたり、笑ったり、泣いたりを我慢せずにする。
そして、終わった後、「どうして面白かったか」「どうして面白くなかったか」を考えるようにしています。
ただ「面白かった」「つまらなかった」でなく、具体的に分析する。
それはカット割りなのか、音楽なのか、役者の演技なのか、いつもの一言感想にちょっと具体的な部分を加えてみる。
リアクションした所を言語化することで自分の考えをアウトプットし、表現力を高めることが出来ます。
表現力が高まると見える世界が変わってきます。

これが、アンテナを張っている状態になるということにつながるのです。

この積み重ねが自分の感性を磨く一つの方法です。

泣くだけでなく、笑ったり驚いたりするのも大事。

私は子どもと関わる仕事をしています。

子どもは大人をよく見ている。

無表情で、ただ怒っているだけの大人なんて一緒にいてもつまらない。
私は面白かったら大きな声で笑うし、理不尽な事があればめちゃくちゃ叱ることもする。
そういった表現力豊かな大人を見ることで子どもも磨かれていく。
アンテナを高めて子どもを楽しませるイベントを考えることで子どもの経験値を増やせる。
アンテナを高めて子どもの感情をキャッチすることで救えることもできる。
そう信じています。

だからアンテナを張り続けるのです。
感受性を高めるのです。

是非アンテナを高める、ということをチャレンジしてみてくださいね。

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