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30になった日

スマブラで珍しく勝ったと思ったら、30になっていた。使い慣れていないオリマーを選んだのに、ピクミンを引っこ抜いているうちに勝っていた。誕生日マジックだ。

時計をチラチラ見ていた妹が、「あっ!まなちゃんお誕生日おめでとう!」と言った。ありがとう。この、0時過ぎたら一刻も早くおめでとうを伝えるというのは、どこの家もそうなのだろうか。うちの母は、昔からそこにこだわる人だった。

シャワーを浴びる。今日は思いの外暑かったな。誕生日の頃の気候は好きだ。寒くもなく、暑くもなく、動くとちょっと体温が上がる。「まなちゃんが生まれた頃は、新緑が本当にきれい」と、母が毎年言ってくれるからだろうか。

シャワーから出ると案の定、母からLINEが来ていた。 「きっと楽しい30代になるよ。楽しみだね」

鏡を見る。美容院に行けず伸ばし放題の髪、もう1週間近く治らない顎ニキビ。鼻の下にはうっすらヒゲが生えてる。とりあえずヒゲだけ剃った。誕生日だし、30だし。

「0時ぴったりに、おめでとうって連絡くれる友達、いる?」

妹に聞かれた、その時点で夜中の1時。まだ、メッセージは母だけだ。……と、親友からLINEが入った。「たんたんたん 誕生日 おめでっとおおおおおお」。思わずにやっとして、妹に見せつけた。いたよ。

この親友は、昨年は電話をしながら一緒に誕生日を迎えた親友である。彼女とも15年の付き合いになった。人生の半分を知っているのだ。なんだか感慨深くなりながら、髪を乾かす。

ベッドに入ると、先に寝ていた夫が寝返りを打った。

「明日の朝、パンケーキにしようか」「いいの?」「食べたいなら、もちろんいいよ」

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朝。 

妹が起きてきて、母がやってきて、娘も席につき、夫が作ってくれたパンケーキを食べた。ココナッツシロップもいいが、手作りのイチゴソースとヌテラの組み合わせが最高だった。

毎週、土曜日はアメリカの家族とテレビ電話をする日。2台のスマホで、日本とサンフランシスコとシカゴとハワイがつながる。みんな同時に喋るので、ほとんど何を言っているのかわからないまま終わった。「Happy birthday Mana!」とみんなが口々に言ってくれて、今年の誕生日が土曜日でよかったな、と思う。

昼。

ごはんの後にチョコパイを食べたら、すっかり眠くなって昼寝した。いいんだ、誕生日だもーんって自分を堂々と甘やかせる日があるのはいい。

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昼寝をしているあいだ、母と妹がキッチンで、エビの背わたを取っていた。今日の晩ごはんは、私の大好物エビフライなのだ。小さい頃から、誕生日はエビフライ。

大人になって自分で作るようになってわかったことだが、エビフライ、作るのめちゃくちゃ面倒だ。みんな知ってるか?

エビの殻をむき、切り込みを入れて背わたを取る。小麦粉をつけ、卵をつけ、パン粉をつけ、揚げる。いや、めっちゃ大変!私が親だったら「エビフライを我慢せず、おなかいーっぱい食べたい!」と言われるより「回転寿司!」とか言われたほうがホッとするだろうなと思う。

けれど、母は文句どころか、「今年はエビ、何本食べたい?」と聞いてくる。工程を知った今だからわかる、ものすごい母の愛。今年は「20本はほしい」と、申告させていただいた。だって、誕生日だもん。

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昼寝から起きると、部屋に誰もいなかった。なんだか寂しくなって、別の部屋へ行ってみると、妹が布団の影で何やら色を塗っていた。

私に気付いた夫が「Mana, go away!」と言ったので出てきたが、なんとなく想像がついて、ふふふとなった。なんか、誕生日って感じだぜ。

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夜。

エビフライを、たぶん申告通り20本くらい食べたと思う。私は尻尾まで食べる派。もっともっと食べたいのに、お腹が苦しくて、上顎が痛くて、限界って感じでソファに倒れ込んだ。死ぬ前に揚げ物を食べる余力があるなら、母が作ったエビフライを食べて死にたいと毎年思う。

そんな限界を迎えたはずの胃袋が、レモンの香りでヒュッとスペースを作るのがわかる。夫が昨晩、レモンケーキを作ってくれていたのだ。家中のろうそくをかき集めて「絶対に30本全部たてる!」と言うので、結構本気で止めた。結局、3本にしてもらった。

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レシピの半量の砂糖しか使っていないというレモンケーキは、ちょっと酸っぱくて、でも十分甘くて。口に運ぶたび「しあわせだ」と思う味だった。「他のケーキよりも、作るのが大変だ」と前に聞いたことがあったので、誕生日くらいしかお願いできないのだ。

私はどうも、面倒くさい料理ばかりリクエストしてしまうらしい。でも、また来年もお願いしよう。誕生日は特別だからね。

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去年は「何もしない誕生日って贅沢だなあ」と思った。

今年は、それに追加して、「新たな贅沢」を噛みしめる誕生日になってしまった。GWに帰省できない、家族に会うこともままならない人が多い中で、幸運なことに、私は誕生日を家族と共に過ごせているのだから。

特に何をするわけでもない。ただ朝昼晩(それとおやつ)に家族とテーブルを囲み、散歩をし、エビフライやケーキを作ってもらう。これが、どんなに恵まれて、どんなに幸せなことか。それを噛みしめる瞬間が、あまりに多い日だった。

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30代になった実感なんて、ない。 ただ、家族で過ごせることが「当たり前じゃない幸せだ」とわかる時点で、私はとても大人になってしまったのかもしれない。

ずっとずっと、楽しみでしょうがなかった30代。いろんなレールや、決まりごとが多い10代20代の私には、生きる術を身に着けて自由に生きる、周りの30代は憧れだった。

そんな30代に、私もなれるだろうか。


もう夜更かしはしない。日付が変わる前にベッドに入る習慣をつけよう。 

そんな今まで何度も挫折してきた目標を、無意識のうちに掲げていたのに、なんだか今日が終わってしまうのが寂しくて、「スマブラ、ちょっとだけやる人~?」と声を上げた。

勝てない。誕生日マジックは、もう尽きてしまったのかもしれない。そして何回か対戦すると、言い出しっぺの私が早々に疲れてしまった。目にきた。

「しょうがないね、もう歳だから」 「なんだと!年上を敬いなさい」

こんな毎年繰り返される茶番ですら、今日は愛おしい。誰かの隣でコントローラーを必死に叩くことができるのは、すごく贅沢だ。はやく、はやく。誰もがこの愛おしい日を、大切な人と過ごせる日がくるように。

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