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誰が何したっていいじゃねえか

「いいかてめえら、誰が女装したっていいじゃねえか」

これは私がTwitterでフォローしている「ひめにぃ様」と言う方の決め台詞だ。ひめにぃ様の素性はよく知らないが、自称日本一の女装家で、たしかに女装姿がめちゃくちゃかわいい。

ある日、TLに流れてきた動画を見て「かわいい女の子が喋ってるな」と思って開いたとき、思わず二度見した。かわいい見た目からは想像もつかない低いイケボ。一瞬脳がバグる感覚が癖になり、何度も見てしまう。

でも、私がひめにぃ様の動画を「いいなあ!」と繰り返し見るのは、かわいい女装姿や、メイクテクや、びっくりするようなイケボだけじゃない。(もちろん、それらも好きなんだけど) 冒頭の「誰が女装したっていいじゃねえか」という自信のある言葉を聞くたびに、「本当にそうだよなあ!」と何度でも思うからである。


すこし前のこと、妹に「呆れられちゃうと思うんだけどさ…」と、ある夢を打ち明けられた。

たしかに一般的には、「無理だよ」と一蹴されたり、「何言ってるの」と鼻で笑われたりするような夢かもしれない。だから、相手の前置きはよくわかった。

特に、私は数年前まで、彼女にとって一番の「批評家」だったのである。将来の生き方や進路について相談してくる妹に、3年しか長く生きていない癖に偉そうに説教を垂れていた。それは、優しいアドバイスなんかじゃなくて、「自由に生きること」を許せなかったから。

振り返ると、私は「レールに沿って生きてきた」んだろうと思う。1年たりとも、休んだり飛ばすことなく学業を終え、「まずは就職」という言葉が拭い去れなかった。本当は、海外の大学院や青年海外協力隊も考えていたこともあったのに、結局は「新卒」というレールに従う形になった。

その後、「石の上にも三年」という言葉もやはり手放すことができないまま、モヤモヤした思いを抱えながらも新卒で入った会社に2年10ヶ月いた。会社は大好きだったし、そこでの出会いは今の自分を作った大切なピースだ。だけど、もっと破天荒な生き方をしてもよかったな、なんて思うこともある。


一方で、妹は専門学校を卒業後に夢を追いかけて日本を飛び出し、現在はニューヨークで暮らして6年になる。海外で将来を見据えることの難しさ、日本社会のレールから外れてしまう不安を口にすることもある。それでも、彼女は自由を謳歌しているように見えた。

妹から進路について相談されると、私は無意識に「自分が歩んできた、レールから外れない人生」を押し付けようとしていた。

誰しもそうだと思うけれど、人は「自分が歩んできた道を否定する」ことが一番つらいんじゃないだろうか。後から「もっとこうすればよかった」と変えられない過去を悔やむことが一番苦しい。だから、私も「もう少しレールを気にせず選んでもよかったな」という思いを封印して、妹に見せないようにしていたんだと思う。

自分の生きてきた価値観で「こうしたほうが安全だよ」「一般的にはこっちがいいよ」「あなたのために言ってるんだよ」なんて言ってくる人が大嫌いなくせに、知らぬ間に自分がそうなりかけていたのだ。


そんな私が大きく変わった理由は、自分で分析してみると2つ。

ひとつは、自分自身が「自由」を手に入れ、多くの人に出会ったこと。

数回の転職ののち、私はライターになった。幸運な出会いに恵まれたおかげで、週に数日はオフィスやリモートで働き、それ以外をフリーライターとして働いている。

「給料が…」「周りからの評価が…」「キャリアが…」

そんなふうに考えて動けない自分に嫌気がさして、飛び出してみたら案外レールの外も居心地がよかった。そして、自分がそうやって働いてみると、周りには良い意味で「好き勝手に」働き、生きている人たちがいた。

地方や海外と複数の拠点を持って働く人。世界一周しながら働く人。まったく違う仕事を掛け持ちする人。これまでにない仕事を自分で作り出す人。大手企業でバリバリ働きながら趣味に没頭する人。そして会社員とフリーランスのバランスを取りながら働く自分…

ああ、なんだ。人はどんな働き方をしてもいいんだな。一度決めた働き方を貫かなくてもいい。そのときの自分に合ったやり方で、自分の幸せに向かって生きればいい。

レールの上しか見ていなかった私には見えていなかった彼らに出会い、いつの間にかそう思えるようになっていった。

そして、もうひとつは子どもができたこと。

親になった私は「この子の可能性を潰すことだけはしたくない。好きなように生きてほしい」と、強く強く思うようになった。まだまだ「この子のためを思って」と口出ししそうになることは多いけれど、彼女の夢を否定したり、バカにするような親にだけはなりたくない。

そんな娘の未来と、懸命に生きる妹の姿が重なるのだ。

「私は彼女の夢を、邪魔していないか?」

自分が、母や姉としてできることを考える。それは自由と責任は伴うと教えること。その上で「自由に生きていいんだ」と伝えること。それで失敗したときには、いつだって帰ってこられる味方でいること。きっと、そのくらいしかないんだろう。

ただ最近、娘が砂を食べたがるのだけは、親として止めるべきなんだとは思う。尊重と教育、難しいところだ。


だから今、私が妹にするアドバイスは、おそろしく頼りないものだ。助言を求められているのに「大丈夫。お互い好きに生きよう」としか言えない。もちろん、客観的に選択肢を整理したり、自分が知っている人の話をすることもあるけれど、最終的に大事なのは、妹が自分で決めることと、彼女が幸せであることだ。

「すごくいいじゃん!今はいろんな生き方があるから、納得できる形で叶うといいね!」

冒頭で夢を打ち明けてくれた妹への返事に、思っていた以上に大きな声が出た。きっと渋い顔をされると思っていた彼女は、ビデオ電話越しに、驚いたような、嬉しそうな顔をしていた。

そのまま、私は「ひめにぃ様」の話をし始める。脈絡がないって?あるんだよ。

だって、夢も、キャリアも、働き方も。

「誰が何したっていいじゃねえか」


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