弄ぶイルドキ

冷や汗がにじみ出る。

人が汗を流すとき、体温調整における発汗が多いだろう。そして、一番多くの人が実感したことのある汗かもしれない。額や背中など、するりと、伝う汗を感じることも少なくない。大量の汗と少量の汗、人それぞれだが、汗に関しては、まだ他にも違いがあるだろう。

仕事の最中、焦りを感じることがある。このとき、じわっと手のひらや額に汗が滲む。暑い日差しの下の汗ほどではないが、実感するほどの汗を感じ取ることがある。このとき、焦りに反して、仕事がうまく行けば、御の字ではあるが失敗してしまうと、翌日以降の士気に関わる。感情の結果が、凄まじく汗に反映されることを思い知るのである。

ある時、他人にとっては、些細なことでも個人的に許せないような失敗を仕事で犯してしまった。そのような経験は決して珍しことではないだろう。私や、似た間隔の人は、ある程度の機関、これを引きずり、長期間落ち込んでしまったり、次の仕事に手を付けられないということもあるだろう。この時の私の状態は、やる気がないと言ってもいいだろう。

ただ、この「やる気のない」状態というのは、所謂、何に関しても行動力がわかなかったりするという意味ではない。

やる気や元気など、人にとっての積極性になるような気持ちは、手持ちの量が決まっていると思っている。毎朝起きると、数機のやる気を持っており、大変だった仕事を今日は終わらせるぞ、というような意気込みに寄って、数個のやる気を失う。そして、いくつかの仕事で、手持ちのやる気が減少していき、残すところわずかになったとき、疲弊して帰路につく。

帰宅したあとの晩飯については、人それぞれだろうが、節約したく自炊を心がけているものもいるだろう。しかし、やる気の残量が底をつきそうな帰宅間近、やはり、やる気の量が少ないため、自炊にやる気を割けることができないかもしれない。そして、いくつかのやる気を残したまま就寝し、再び朝を迎える。

この様に、毎朝人によって、決まった量のやる気や元気を有しており、物事への行動力や思考によって、それは目減りし、一日の終りでは、結果として「やる気が無い」というような状況となる。単純に眼の前の課せられた物事に対して、行動意欲などが無いという意味ではなく、本質的に、行動する活力や積極性を作り出すことができないということとなる。

人間のホルモンバランスでは、どのような性別であったとしても、男性ホルモンと女性ホルモンがそれぞれ調整されながら分泌されている。男性では男性ホルモンが、女性では女性ホルモンがそれぞれ優位に分泌されている。ただし、このホルモンの分泌の総量などは、人によって異なる。発毛や身体の変化がそれに当たる。

このように、やる気や元気なども、一日や一週間、一月、一年のような期間で、得られる総量が個人ごとに決まっており、その消費によって、元気がない状態や、積極的ではない状態というのが訪れる。

このように、やる気や元気が無いときにどうすればいいのか。多くの場合は、外部からの接種が多いだろう。前時代的な方法では、エナジードリンクやサプリメント、医薬品によって、このやる気や元気を高める手段を講じていた。今日では、イルドキよく用いられる。登場した直後では、医師の診察の上、処方されていたが現代人における必要性が高まり、現在では、近隣の店舗にて求めることができる代物となった。堅牢に見える暗い灰色の容器の内に瑠璃色のような液晶が収められている。これを適切に用いることで、やる気など積極性が高まることができる。

事の始まりは、人々が労働をする中で、ほとんどの労働に力仕事がなくなってしまった時代。汗をかいて労働に勤しむという考え方が廃れた頃。発汗どころか禅師類の筋肉量も低下している状況だった。落ち込みにくくするなどの精神状態を健全に保つために運動は不可欠であるという古くからの考えのため、労働での汗はかかなくとも運動は多くの人が取り入れた。しかし、労働では意識せずとも体を動かしていたため、単純に運動を取り入れただけでは、精神状態を健全に保ち続けるのは困難となった。

そんな中、精神状態を研究する世界中の機関が集結し、人類の精神状態の健全化をより簡素に行うための研究を開始した。ある程度成熟していた人類の技術をもってすれば、要因と手法などは、多くの時間を要すこともなく、結論にたどり着けることができた。未だにその画期的な研究に関する全貌は明かされていないが、現代人にとってそれらは知ったとて、あまり意味をなさなかった。

有機性のマイクロマシンであるという説明は成されているものの、精製方法については、秘匿されている。有機物質の生成そのものは、合成によることになるが、この方法では、多くの場合、生体を用いることも多い。人々にとって、それらの全貌を知ることに意味がないというのは、この時点において、人類は個々の生存にしか関心がなく、自身の状態が改善されるのであれば、用いる方法がどのようなものであっても構うことはないのだ。

しかし、それほどまでに積極性ややる気など、人間としての本質を書き換えるような代物のため、服用後には不快感や冷や汗が分泌されることもある。薬物と本質的には違いがないということだ。

人類にとって、イルドキの接種が必須となれば、自ずと品質の悪い混ぜものが市場に溢れ出すことになる。手法は広く認知されていないが、貧困層が悪質なイルドキを販売し、日銭を稼ぐこともある。そしてこの悪質なイルドキも、既製品を薄めたというようなものではなく、一から生成され、錬成が半端なものとなる。イルドキの精製方法が秘匿されている中で、なぜ貧困層が生成することができており、それが物質的には希釈したわけでもないという点は疑問だが、一様にして、廃人のように変わり果てていくことだけはわかっている。

やる気の総量を変動させることができた人類は、神の域に到達しつつあるのかもしれない。


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