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『ミッドナイト・トラベラー』〜今世界で起きていること〜

2021年9月24日(金)渋谷、イメージフォーラムに『ミッドナイト・トラベラー』を見にいった。『ミッドナイト・トラベラー』はタリバンに死刑宣告を受けた、映像作家のハッサン・ファジリ氏とその家族が安住の地を求め、アフガニスタンからヨーロッパまで5600kmの旅をした様子を、3台のスマートフォンで撮影したセルフドキュメンタリー映画だ。


「アフガニスタンで何が起きているのか知りたい」高校3年生の妹に頼まれ、私は一緒に映画館に向かった。


作品は一家が旅に出る前、タジキスタンからアフガニスタンへ戻る為に、荷造りをしたり、お世話になった人たちに別れを告げたりするシーンから始まった。不安そうな子供たちの顔や、ファジリ一家を心配そうに抱きしめ「幸運を祈る」と声を掛ける人たちの姿が映し出されるのを見て、「家に帰るのになぜこんなにも不安な顔をしなければいけないのだろう」、「なぜ無事でいることをこんなにも祈られなければいけないのだろう」と自分の生きる世界とスクリーンに映る世界のあまりの違いに唖然とした。

次のシーンでは「タリバンをモチーフにした映像作品を作った。するとタリバンが内容に憤慨、主演男優を殺害。自分たちも死刑宣告された」、そして「旧政権の汚職にうんざりした心やさしい友人がタリバンのメンバーになった」とファジリ氏が死刑宣告をされた理由と友人の1人がタリバンのメンバーになってしまったことがナレーションの音声で説明される。タリバンの活動の残酷さに続いて、変化を起こしたいという気持ちからタリバンに加入した人の思いを聞いた私は、タリバンの活動や存在が完全に悪だと言いきれないことを初めて知り、やるせない思いに包みこまれた。

「こんなことがまかり通って良いのか」冒頭のいくつかのシーンを見ただけで、ファジリ一家の目の前に立ちはだかる不条理に心が折れそうになった。そして、故郷を離れるか悩んでいる家族の姿を見て、「今すぐ逃げて」と声を掛けたくなった。

道路が封鎖され、人質として50人がタリバンに拘束された。この出来事で、ファジリ一家はアフガニスタン脱出を決意する。そして一家4人の厳しい旅が始まった。

私はこの映画を見て、2つのことを感じた。1つ目は移民も特別な存在などではなく、私たちと同じ人間なのだということだ。この映画では、焼きもちを焼く奥さんの姿や年越しの花火に歓声を上げたり、難民キャンプの公園で友達と楽しそうに遊んだりする娘たちの姿など、ファッジ夫妻や娘たちの何気ない日常の姿が多く描かれている。今まで一般に報道されてきたニュースではあまり見ることのなかったアフガニスタンで生きる人や、難民として生きる人々の普段の姿。その姿を見て、今まで活字や写真で見てきた出来事は、実際に、今、自分が生きている世界で起きている問題であり、直ぐ近くにいる、同じように心を持った人たちが苦しんでいるということにようやく気が付いた。今までも理解はしていたが、自分の心のどこかで自分とは関係のない世界で起きていることと距離を取ってしまっていた。しかし、その心の距離が映画を通してぐっと近づいたのである。
私たちと変わらない、喜び、悲しみ、愛し合う家族が、旅の途中、買い物に出かけた際に大勢の人に囲まれ、殴られたり、デモ隊に「国に帰れ」と言われたり、牢屋のような施設に入れられたりする。「同じ人間なのになぜ彼らはこんな目に遭わなければいけないのだろう」と言う思いや「この問題をどうにかしたい」と言う思いなど、私の心には今まで感じることが出来なかった新たな感情がこみ上げた。

2つ目は移民問題の難しさだ。私は大学時代、移民に対するヨーロッパ各国の対応についての授業を受講したことがある。そこで難民の数が年々増加していること、支援政策を行った国の財政がひっ迫してしまったこと、犯罪の数の増加や仕事の取り合いで、多くの国でアンチ難民の動きが生じているということを学んだ。その授業で教授が仰っていた「支援してあげてというのは簡単。ただ支援する側にも限界がある。日本に沢山の外国人が来ることを想像すれば、受け入れる側の気持ちがわかる」という言葉を今回の映画を見て鮮明に思い出した。

映画では、移動していく先々で、家族は阻害される。お腹がすいたと食料を集めていると怒られたり…難民登録の用紙を貰えると聞いて、警察に行ってももらえなかったり…デモ隊と難民が衝突した時、取り締まりに来た現地の警察に暴行を加えられた難民もいたり…映画の中ではヨーロッパの国々の人たちの冷たい対応が色濃く映し出されていた。しかし、相手の立場に立って考えてみると、食べ物を取られて怒るのは当然だしな…と同乗してしまうシーンも少なからずあったのだ。
本当だったら困っている人だから、助けてあげてと言いたい。しかし、受け入れる側には受け入れる側の苦悩や事情が存在するのだと思い、両者の思いに共感出来、胸が締め付けられた。

「自分には何が出来るんだろう」映画が終わってから、私の頭には常にこの問いが生まれるようになった。現実を知ってしまった今、自分も何か行動したいと思うようになったのだ。私に出来ることなんてたかがしれているかもしれない、私が動いても何も変わらないかもしれない、けれど本当に僅かな1歩かもしれないが、今日よりも明日の世界が少しでも明るくなるように行動していきたいと思う。この映画を見て強くそう思った。

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