レオナルド・ダ・ヴィンチの科学的興味

 世界で最も有名な芸術絵画といえば「モナ・リザ」だろう。静かな女性の佇まい、口元のかすかなほほえみ、不可思議な背景がみる者の興味を引く。これを題材とした小説・映画(ミステリー)の多さに加え、各種科学的分析による新発見のニュースも絶えない。その作家こそレオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネッサンスを代表する芸術家の一人に対して、今回は科学的視点から解説してみる。(小野堅太郎)

 レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年にイタリア・フィレンツェ近郊のヴィンチ村で生まれています。そう、「ダ・ヴィンチ」とはイタリア語で「ヴィンチ出身の」という意味で、それが姓になったということのようです。同世代の芸術家としてはミケランジェロとかいるのですが、ヴィンチ村のレオナルドは「モナ・リザ」「最後の晩餐」ぐらいしか知られておらず、19世紀まではあまり有名ではなかったようです。

 何で有名になったか?というと、膨大な手書きメモ&スケッチ(手稿)が19世紀に発見され、それが光学、解剖学、工学、建築学といった「15世紀の科学」を教えてくれる驚きの記録だったからです。これが、ミステリアスな魅力となって話題を呼び、小説や映画などで取り上げられることで、彼は現在の高い評価を受けるようになったと言われています。

 下記の本がレオナルド・ダ・ヴィンチのメモ書きを訳してくれています。彼のメモは有名な鏡文字で、アルファベットが左右逆に書かれています。特に読まれて困るような秘密事項でもないので、なんで鏡文字なのかはわかりませんが(左利きなので、書き連ねる時にインクをこするのを避けるため?)、そんなところが「何か秘密があるのでは?」と思わすミステリアスな題材となっています。実際は、科学論文の記述さながらの数値を基にした詳細な記述で、当時の民間レベルの科学的思考を感じさせてくれる内容です。

 ダ・ヴィンチの活躍した15世紀には大学が既に創設されています。しかし、誰でも行けるわけではありませんでした。ですので、彼は独学で勉強したのだろうと思います。絵画芸術において重要となってくるのは、光、人体・動物の筋肉・骨格、建築、水、風、波、そして植物は重要な描画対象です。

 光と視覚については、パリ手稿、アシュバーナム手稿、アトランティコ手稿などに詳しい解析図が描かれています。それらは非常に科学分析を思わせる幾何学的文様を作り出しています。様々な入射角を形成する各点からの物体への光路を描き、影の付き方や濃さを導き出しています。優れた画家なら直感で光と影をかき分けていると思っていたのですが、少なくともダ・ヴィンチは緻密な計算と結果解釈に基づいて絵を描いていたようです。水や空気がどういう時にどういった色に見えるのかについても書き残しています。

 パリ手稿には、カボチャの根を使ったダ・ヴィンチの実験が残されています。小さな根っこを水につけて培養すると、またカボチャができた、というものです。何でこんなすごいことが起きるのかと考察していますが、夜露が養分となったのだろうとしています。

 人体観察、人体解剖スケッチも有名です。アシュバーナム手稿に「子供の指では関節の間が膨らんでいるが、大人では逆にしぼんで関節のところが大きくなっている」というような「子供と大人の指の書き分け」について詳細な考察を交えながら書いています。人体解剖スケッチはウィンザー城英国王室図書館収蔵のものが最も有名です。骨や筋肉の描写についてはかなり正確で画力に唸らされます。しかし、内臓や脈管系になると「あれれれ??」となります。絵は美しいのですが、臓器や脈管がありえない左右対称であったりします。脳なんて空っぽです。何だこれは!写実主義のダ・ヴィンチも解剖になるといい加減になるのか!と疑いたくなるのですが、多分そうではないと思います。

 当時の人体解剖はホルマリンで固定していない生の状態で解剖しています。死亡してから数日たってしまうと、脳や内臓は溶けたり(腐敗?)していた可能性が高いです。15世紀では脳の構造はほとんどわかっていません。肺も死後はしぼんでしまうので、肺の形態はよくわからなかったのでしょう。脈管系は血まみれになったり、切断で動脈は縮んでしまったりするので、正確な位置がわかりません。ダ・ヴィンチの美意識がシンメトリックに描かせてしまったのでしょう。

 いずれにしても、骨格、筋肉の走行に関してはかなり精密で、人体を描く際には大いに役に立ったはずです。ここまで知ったうえで絵画を描いていたのだと思うと、全く感銘するばかりです。

 他にも地図、建築に関わる記述とスケッチも見ごたえがあります。面白いのは、巨大な武器やヘリコプターや戦車を思わせる設計図やその機構についての解説があります。ネットで調べると、いろんなスケッチが出てきますので、是非検索してみてください。

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