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平安時代の歯科医療を「医心方」から知る:歯科医療の日本史②

 984年、平安時代中期に「医心方」(いしんぽう:全30巻)が丹波康頼により作成される。唐時代の医学書を引用した日本発最古の医学書で、現在の歯科医療に関する疾患理解や対処法がまとめられています。小野の最近の研究と並べて、その有効性について検討してみます。(小野堅太郎)

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 丹波康頼は典薬寮で医博士・針博士でした。第5巻顔面部に耳、目、口、歯、咽頭に関する74疾患治療法が章立てで記されています。その半分の36疾患(口唇5、口臭13、歯13、喉頭3、咽頭2)が歯科疾患で占められています。大半が平安後期の写本からなりますが、現代まで失われずに写本となって生き残った「医心方」は国宝指定されています。下記リンクより閲覧が可能です(著作権の問題で画像は出せませんので、直接、覗いてください)。

 現代語訳本(槇佐知子訳)が筑摩書房から出ています。かなり高額な本ですが、小野は所有しているので、参照しながら紹介してみたいと思います。また、「歯科医学史を求めて」(田中勝則著、2001年、長崎文献社)も参考にしました。現在入手が難しいので、図書館を探してみてください。ちなみに九州歯科大学附属図書館に所蔵されています。

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 それでは、「医心方」の歯科疾患とその治療法についていくつか見てみたいと思います。全般的に「脈」なる話が出てきてわかりませんが、ちょいちょい生薬や予防法に関して現代でも通じる話が出てきます。繰り返しますが、唐の医学書の引用にて治療法を紹介していますので、日本オリジナルの治療法ではありません。掲載されている治療薬(生薬)は、現在の日本での「漢方」の元になったもので、まだ「漢方」とは言えませんのであしからず。

第43章「口内炎」

 口内炎は、小野の超専門分野です。小野研究室では、口内炎の症状緩和に「半夏瀉心湯」という漢方が効く、という臨床報告に基づき、ツムラからの研究支援を得て「鎮痛有効成分の同定」に成功しました。半夏瀉心湯は7つの生薬からなりますが、そのうち乾姜(蒸して干したショウガ)に含まれるショウガオールとジンゲロール、甘草に含まれるイソリクイリチゲニンという化学成分が口内炎の痛みを抑制する分子メカニズムを明らかにしました。

 医心方には、口内炎の治療法として、他の口腔疾患と比べてかなり多くの文献から数々の治療法が掲載されています。当時も口内炎は頻発する疾患であり、興味が大きかったことが窺われます。いくつかの治療法として「甘草を含む薬を口に含む」というのがあります。我々の研究成果からすると「イソリクイリチゲニンが口内炎内部に染み込み、侵害受容神経の活動電位発生を抑制した」と解釈できます。

 また、我々はアフタ性口内炎の痛み発生に口腔内細菌自体が関わっていることを示しており、加えて昭和大学の研究室から各種生薬に含まれる成分の多くは抗菌作用が報告されていますので、痛みの抑制と治癒促進にも関与していたと考えられます。第49章には口腔内の糜爛(重篤な口内炎)についての記述があり、これにも甘草が用いられています。

第51章「口腔乾燥症」

 小野は10年ほど前までは、口腔乾燥症を中心的に研究していました。口腔乾燥症は、唾液があまり出なくなる症状です。「水が飲みたい!」という感覚は「渇き(口渇)」といって、英語ではThirstyです。一方、唾液が出なくて乾燥している状態は「乾き」で、英語ではDryになります。英語では明確に言葉が異なりますが、日本語では漢字は違うものの「かわき」という発音が同じなため、医療の世界でもよく混同して使われています。

 口腔乾燥症には、シェーグレン症候群やがん放射線治療後のように重篤な乾燥を示す患者から、原因不明ではあるがマイルドな唾液分泌障害を示す患者まで含まれます。さらには、唾液分泌量が正常値範囲内でも患者本人が「乾き」を訴える場合も含みます。重篤なケースには薬物療法が保険適用となっていますが、マイルドなケースには対症療法として口腔内保湿剤が用いられています。あと、頻繁に飴を舐めてもらい、症状を緩和させます。

 医心方での対処法は「干したナツメに未熟なウメの実と蜂蜜を練り合わせて作った丸薬を口に含め」というものです。干したナツメは棗膏(そうこう)といって、硬めの軟膏基剤として使われていました。丸薬(飴)にすることで、口腔内で機械刺激となり唾液分泌を促進させます。未熟なウメは「酸味」となり唾液分泌をさらに促進させます。蜂蜜の甘さは酸味による丸薬の嫌さを和らげます。結構素晴らしい対症療法です。

第69章「歯ぎしり」

 歯ぎしりの治療法が面白いのでおまけに紹介します。対処法としては、「歯ぎしりをする人の寝床の下の土を取って、こっそり口に入れておく」というものです。朝起きて、口に土が入っていたら、さぞ驚いたことでしょう。

 さて、続いて歯の痛みの話を紹介したかったのですが、かなり長くなりますので記事を分けます。次回は、平安時代は「歯の痛みを4つに分けていた」という内容です。お楽しみに!

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