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人生捨ててもかまわない♪

その日、外は真冬の寒さだったが、電車の中は混み合っていて、とても暑かった。

僕は一刻も早くダウンジャケットを脱ごうと思い、首元まで閉まったジッパーに手をかけ、一気に下ろそうとした。

だがその瞬間、あることに気づいた。

僕のすぐ目の前に、若い女性が背を向けて立っているのだ。

ここで一気にジッパーを下ろしたら、その音に気づいた女性が変な誤解をして、「変態がいます!」と叫ぶかもしれない。

それだけは絶対に避けなければならない。

僕はジッパーを持った手を一度止め、そこから音を立てないように、じわじわ、じわじわ、ゆっくりと下に下ろしていった。

…………。

…………。

これはこれで変態っぽいではないか!

しかも一気にジッパーを下ろす変態より、もうワンランク上の変態だ。

確かに目の前に立つ女性には気づかれないかもしれないが、周りの人たちに発見されて、「普通の変態よりもうワンランク上の変態がいます!!」と叫ばれるかもしれない。

僕の脳裏に「袋小路」という言葉が浮かんだ。

ジッパーを一気に下ろしてもアウト。じわじわ下ろしてもアウト。じゃあ普通に下ろしたらどうか?「普通の変態」になるだけだ。

暖房がよく効いた混雑する車内で、汗がじわりとにじみ出る。そこに、暑さとは違う原因による汗も加わる。

僕は結局、ジッパーに手をかけたまま、次の駅まで暑さに耐えて固まり続けるしかなかった。

このように、人生には「最善の選択」が一つも見当たらない「袋小路」が突如現れることがある。

「絶望」を体感する瞬間である。

そういう時は、じたばたしても仕方ない。最善の選択が見当たらないなら、せめて最悪の選択を避けるしかない。そしてひたすら、時の流れに身をまかせるのだ。

その時のBGMはもちろん、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」である。

♪時の流れに身をまかせ〜 あなたの色に染められ〜

いい歌だ。でも、次の歌詞の部分は気をつけねばならない。

♪一度の人生それさえ〜 捨てることもかまわない〜

ここで思わず「そうそう、人生捨ててもかまわない♪」と共感してしまい、ジッパーを一気に下ろしてしまったらアウトだ。

脳内BGMの選択ひとつで、その後の人生を「変態」として生きていかねばならないこともある。

だが、それが人生というものなのだ。

そう思う。

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