スタートアップに知ってもらいたい優先株式の論点
こんにちは。公認会計士の桑原です。
本日はスタートアップに知ってもらいたい優先株式の論点をまとめました。
スタートアップが資金調達をする場合、特にVC等からまとまった金額を資金調達する場合は普通株式でなく優先株式を発行するケースが多くあります。
普通株式であれば株価と株式数を決めればOKですが、優先株式は色々と決めなければならないことが多くスタートアップからすれば手間やコストがかかるため面倒だなと感じるかもしれません。
しかし、優先株式で色々と決めることで投資家のリスクをヘッジし、そのためにまとまった資金を得られるため、しっかりと内容を理解することが重要です。
そもそも優先株式とは何なのか?
株式会社が発行する株式は株主の権利が限定されない普通株式と、普通株式以外の株式である種類株式があります。
この種類株式のうち配当等で普通株式よりも優先・優越する株式が優先株式となります。
なぜ優先株式で出資をするのか?
通常、優先株式はIPO時に普通株式に転換されるため、順調に成長し無事にIPOすれば1000株の優先株式を保有していた株主は1000株の普通株式を保有する株主になります。
投資家はスタートアップの事業が成長し将来IPOをすることを想定して投資をする訳ですが、当然将来のことは不確実性があり上記のようにすんなり進まないケースもあり、ある程度リスクをヘッジしたいと考えます。
具体的には主に以下のリスクをヘッジするために優先株式が用いられます。
● M&Aエグジットが発生した場合の創業者と投資家との利益分配
● ダウンラウンドでの資金調達
一方、スタートアップ側もメリットがあります。
優先株式で投資家側に一定のリスクヘッジの手当がなされたことでまとまった資金を得ることが可能になります。
投資家の投資方針にもよりますが、1社当たり1億円、多い時には1社から数~10億円超の出資を得ることが出来るのも優先株式でリスクヘッジが出来ているからと言えます。
これ以外にも以下が言えます。
● ストックオプションの効用を維持
M&Aエグジットが発生した場合の創業者と投資家との利益分配
100万円で創業者が出資をしたスタートアップに、時価総額5億円で1億円を出資した投資家がいたとしましょう。単純化のために創業者80%、投資家20%の比率とします。
ここで6億円で買収したい買い手が現れた場合、普通株式で出資をする場合は以下のキャピタルゲインとなります。
創業者から見れば4.8億円ものキャピタルゲインを得るためエグジットしたいと思う一方、投資家は0.2億円のキャピタルゲインになるためこのタイミングでの売却は望みません。
ここで優先株式を用いると創業者と投資家間の利益を調整することが出来ます。実務的に多い調整は投資家に出資金額の1倍の優先分配を付与し、残りを持分比率で按分する、というものです。
上記例で投資家に1倍の優先分配が付されていたケースで見てみましょう。
投資家に優先分配1倍が付与されているため、6億円のうち1億円は投資家に分配されます。そして残りの5億円を持分比率で按分するため、投資家の売却額は2億円となり、何の調整もしないケースに比べて0.8億円投資家のリターンが増えることになります。
なお実務上多いケースは1倍ですが、案件によっては1.2倍など1倍を超えるケースもあります。
また優先株式の要項上は、残余財産の分配で投資家の優先分配(上記例であれば1倍)が規定され、株主間で締結する買収対価の分配等に関する合意書等の契約によりM&Aエグジット時に残余財産の分配を準用する形で対価を分配することが当事者間で合意されるという少し複雑な建付けになります。
ダウンラウンドでの資金調達
投資家が出資をした後、再び資金調達が必要となった場合に、前回ラウンドの株価が高かった、事業が思うように進捗していない等の理由で株価が下がる形(ダウンラウンド)で資金調達を行わざるを得ないケースがあります。
例えばシリーズAでA投資家が株価10,000円・10,000株の計1億円出資した後、シリーズBでB投資家が株価5,000円・20,000株の計1億円出資したケースで見てみましょう。なお、創業者が株価100円・50,000株で設立し、別途新株予約権5,000株分は発行済みと仮定します。
A投資家とB投資家は同じ1億円を出資していますが、シリーズBの株価がシリーズAの半分のため、A投資家の出資比率は4%低下してしまいます。
A投資家は持分比率が希薄化してしまうことから、創業者としては実行したいシリーズBがA投資家の反対や株価を上げて欲しい等の要望を受けることで様々な調整が発生し時間や労力がロスしてしまうことになります。
そこで、優先株式では希薄化防止条項、つまり転換価格を調整し変更することで転換後の株式数を変化させる条項が定められることになります。
価格の調整方法は以下の3つがあります。
1 フルラチェット方式
2 加重平均方式(ナローベース)
3 加重平均方式(ブロードベース)
まずフルラチェットは、ダウンラウンドの場合に既存投資家の転換価格を新規投資家の転換価格とするものです。
上記の例の場合はA投資家の転換価格は10,000円ではなく5,000円となります。
加重平均方式は転換価格を以下の数式で計算する方式です。
分母と分子にある既発行株式数に新株予約権等を含めないものがナローベース、含めるものがブロードベースとなります。
上記例を比較してみましょう。
フルラチェットはA投資家から見れば比率が非常に良くなるため最も望ましい方式ですが、創業者の比率が大幅に希薄化してしまいます。
そのため実務上は加重平均方式のケースが多いように思えます。
創業者が最も有利な方式はブロードベースの加重平均方式となります。
ストックオプションの効用を維持
スタートアップ側のメリットを見てみましょう。
今まで見てきたように優先株式はIPO時は1:1で普通株式に転換されるものであるものの、優先株式の間は普通株式とは異なる様々な優先的な権利が付与されています。
したがって理論的には普通株式の株価と優先株式の株価は異なることになります。
上記の例でいくと創業者は株価100円で普通株式を発行していますが、シリーズAは株価10,000円です。
ここでシリーズAが普通株式の場合、普通株式の株価が10,000円になるため、従業員に付与するストックオプションの行使価格も10,000円になります。
創業者が株価100円に出資しているのに、ストックオプションの行使価格が10,000円と100倍になっているので従業員と創業者のエグジット目線に大きな開きが出てしまいます。
ここでシリーズAを優先株式として株価10,000円で発行していた場合は、株価10,000円はあくまで優先株式の株価であるため、従業員に付与するストックオプションの行使価格は10,000円よりも低い価格で設定することが可能になります。行使価格100円として付与することも可能です。
なお上記のように例えば普通株式の当初株価が100円・優先株式の株価が10,000円の場合、実務上はストックオプションの行使価格を100円とするケース、10,000円とするケース、100円と10,000円の間とするケースいずれも見られます。
最後に
少し長くなってしまいましたが、優先株式の内容をご理解いただけましたでしょうか。
今回は各論を描けなかったので、別の機会に細かい論点も書ければと思っております。
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