principal

成長の過程で、遊びの結末が争いで終わることが少なくなってきた。それは遊びに結果を求めなくなった結果であり、遊びの中で無責任でいられるようになる、いわゆる遊びの純粋化に成功したからであると解釈している。
遊びの純粋化はそのprincipalが明確化したことに由来する。
私にとって遊びのprincipalは「ルールが明確であること」「プレーヤー全員が同等の選択肢を持っていること」の2点である。
このprincipalを前提とした遊びの中で、私は平等の夢を無責任に見て、現実における責任から解放されている。
だから遊びは楽しく、そして終わりがあることを要求される。

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