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0004 《この出会いが.》

 それは突然目の前に現れた。しかも私が最も好きな色の装いをして。

 日本橋に心惹かれて、この一ヶ月の間に三度も足を運んだ。伝統と気品に溢れる街。その要となっている日本橋三越での出会いだった。英国生まれの”地球を巡る”という意味の名を持つスーツケース。私はそれに憧れていた。でもどこかで遠く離れた存在とも感じていて、これを手にする夢は諦めていた。好みの色が見つからないことを言い訳にして。そんな時に私の目に飛び込んできたのは、アイボリーにグレーのベルトのついたエレガントな色合いのものだった。「中を見せてもらえますか?」と店員さんにお願いする。その清楚さとは裏腹に眩しいくらいに鮮やかなピンクのお花柄が顔を覗かせた。あっという間に私は心を奪われる。この興奮を一度収めなくてはと思い、その日は家に帰ることにした。

 ところが、あの格式高い扉を出た瞬間から、そのスーツケースを持って旅する情景が次々と浮かんできたのだった。荷物を詰めるところから、空港に向かう道、数日後に行くことになっていたパリの街を歩く様子まで。心が弾んだ。そして、私の中に今までにない「覚悟」が生まれた。もともと深く埋もれていた「想い」に気づいたというほうがふさわしいかもしれない。

 これまで旅行は私にとって、人生のおまけだった。エッフェル塔が見られること、ラデュレのマカロンを口にできること、シャンゼリゼ通りを歩けることは”ラッキーなこと”だった。そして、楽しんだ後は日常に戻っていった。でも、私はそれを本物にしたかったのだ。美しいものにふれること、味わうこと、心で感じることを生きていく理由にしたい。そんな自分の気持ちを、彼女との出会いで知ってしまった。

 私の情熱にかけられたベールを優しくはずしてくれた、チャーミングをエレガントで包んだような彼女と、今は新たな土地にいる。そこは、限りなく広がる空と海が言葉にならないほど美しい。

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