《本棚、夢.》
今も大切に本棚におさめている一冊がある。ページは図書館の何度も貸し出されている本のそれのように黄色みがかり、表紙の角もすっかり色をなくしてしまっている。
その作品が映画化されると聞いた時には、愛してやまないストーリーが選ばれたことへの誇らしさと、多くの人のものになってしまう物悲しさが交差した。16年も前の出来事なのに、この複雑な心持ちは昨日のことのように思い出される。
『チャーリーとチョコレート工場』は、当時通っていた小学校の教科書だった。ニューヨーク郊外にあるその学校では、ふつうの書籍が教材として使われていた。日本の小学校のような体裁の整えられた教科書がアメリカにはないのか、この学校が特別なのかもわからないままに、一年生のわたしはその物語に夢中になった。
文字の並ぶ白黒のページにうつし出される色鮮やかなお菓子、そこからただよう甘い香り。そんな経験をしたのは、この時が初めてだった。摩訶不思議なチョコレート工場が、世界のどこかにほんとうにあるように思えて、ページをめくる度にわくわくした。いつか行こうと夢もみた。
ふりかえると絵のない本を一冊読み終えたのもこの時が初めてだったと思う。母に頼み、作者であるロアルド・ダールのそのほかの本も買ってもらった。自分で買い物ができるようになった今も本を求めることも、気づけば本屋さんにいることも、書くことが好きなことも、『チャーリーとチョコレート工場』が始まりだった。
板チョコをあける時に「もしかしたら」とつい先日思ってしまったのもやはり、この魔法の一冊との出逢いがあったからだろう。
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