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【大学の話】東欧研究学部とウクライナ

(以下の内容は、いち大学生が自身の周りの報道を書き起こしている備忘録に過ぎません。和訳はできる限り適切に行いましたが、誤っている可能性があります)

ロシアがウクライナを侵攻して、おおよそ1日が経とうとしている。BBCニュースはずっとウクライナ情勢についての報道を流し、インスタグラムでは「ウクライナに助けを」という名の下募金が回り、TwitterにはChernobyl'やUkraineがひっきりなしにトレンド入りしている。

BBCニュースのトップページ:ロシアの全面攻撃を受けるウクライナ

私の現時点の正式な肩書きは、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ(大学名) スロバニア・東欧研究学部 政治・社会・東欧研究学科 所属 である。東欧研究学部にいるからといって東欧研究をしているわけではなく、卒論も東欧については書かないが、必然的に東欧に関係性の強い人が集まってきていることは事実だ。その点において、これは対岸の火事ではない。だから今のうちに、少しだけ、自分の周りで起こっていることをまとめておこう。

ロシア語の前置詞

外国語の枠で、ロシア語を学んでいる。ソビエト時代を生きたロシア語の先生が、ウクライナに付く前詞の使い分けの説明で、かつてこんな説明をした。

「ウクライナで」とロシア語で言うときには、'в' を使うように気をつけなくてはいけません。
'в Украине' は国としての「ウクライナで」を意味していて、”今”の国際基準はこちらです。'на Украине' といえば、地域としての「ウクライナで」を意味し、必然的にウクライナがUSSR傘下にいた時のことを指します。そう言う意味で、USSR時代に戻りたがっているロシア人が使うので、みなさんは国際基準に従わなくてはいけません。

ロシア語の先生、和訳は筆者

この“今”が「かつての戦間期」に変わろうとしているのかもしれない。ウクライナが'на Украине'にならないことを、心から祈っている。

報道のフォーカス

BBCが無限に特集を組んでいる。24日16時(GST)の時点で、こんなことを言っている。

英国への影響

英国は経済制裁を決定した。抵抗として、サイバー攻撃がある可能性がある、と警鐘を鳴らす。経済制裁は、天然ガスの輸出及び技術用品の輸出の停止を含んでいる。日本からは、23日の段階で経済産業省から「ガスの安定供給に努めますよ」というお達しが出ている。すでに電気代の値上がりが続いている国・英国は大丈夫なのか?

世界大戦

「キューバ危機より危険な状態かもしれない」と一人の専門家が言った。即座に次の有識者が「核兵器が持ち込まれているわけではないから、未だその域ではない」と返答した。チェルノブイリ周辺で戦闘が続いている以上、なんとも言い切れないのかもしれない。ウクライナは核を放棄しているが、NATO諸国が介入したら核戦争の危機は高まる。だから、第二次世界大戦以降最悪の状況だ、と繰り返し報じられる。

NATO規約第5章の話も触れられる。第4章、外交問題において相互的な議論を目指す。第5章、もし加盟国の一部が攻撃されれば、他の国はそれを守るために対抗する。日本語で報じられていることとあまり変わらないかもしれない。今のところ、NATOはウクライナに部隊を送らないことにしている。

バルト三国

もう一つ、ユーラシア大陸的には、バルト三国まで統合を見越しているのではないか、と言う懸念がある。ウクライナを超えて、そこまで侵入してくるかもしれない。元々ソ連の影響下に入っていた地域を併合し直そうとするのであれば、そこまで広がろうとするのもおかしくはないのかもしれない。

ロシアと民主主義

ちょっとはアカデミックな話をしよう。政治学(Political Science)的には、ロシアの民主主義には、Sovereign/illiberal Democracyと言う名前が与えられている。和訳すると、主権民主主義/非自由民主主義だ。対比して、ヨーロッパや日本を含めた、私たちが一般的に想像する民主主義のことをLiberal Democracyと呼ぶ。自由民主主義だ。

主権民主主義の考え方は、3つの要素によって成り立っている(異なる説明も存在するが、ここでは代表的なものを取り上げる)。

I distinguish between three partially overlapping, yet distinguishable aspects of SD: (1) a social contract (2) a legitimation discourse; and (3) a counter-revolutionary praxis.
SD(主権民主主義)には、相互に重複しながらも、明確に区別することができる3つの側面がある:⑴社会契約として ⑵主権の正当化として ⑶反革命的習慣として である。

Kortukov 2020, 和訳は筆者

あとはこの辺を読むと何を言いたいのかがわかる。

'…to submit some of their freedoms to the ruler’s authority, in exchange for the advantages of political order' (p.96).
'The current regime is legitimized by its connection to historically unique Russian values' (p.98).
'In addition to the exchange of political support for economic development (social contract) and the development of anti-Western ideology (legitimation discourse), the Russian authorities also invested in extensive institutional reforms. All of these measures were intended to bolster Putin’s rule and prevent the possible threats of liberalization and democratization' (p.100).

Kortukov 2020

⑴社会契約として:統治者の権限に対して(市民が)一部の自由を付託することで、政治的統治が行われていると言う利益を享受することができるー経済発展に対する政治的支持
⑵主権の正当化として:歴史的、かつロシア的価値との関係から、現在の政権は合法化されるー反・西洋的アイデオロジーの形成
⑶反革命的習慣:ロシア権力は広範にわたる組織改変を行ってきており、これはプーチンの統治を確固たるものにし、かつ自由化や民主化の危機を防ごうとするもの

上の文章を組み合わせ直して和訳したもの

いつも適当なノリで和訳しているけれど、今回ばかりはまともに辞書を引いた。あんまり綺麗ではないかもしれない。この分析が実際のロシアの政治行動を説明するか否かにはまた別の議論が生じてしまうのだが、とにかくプーチンが政権に就いてから、ロシアはずっと主権民主主義/非自由民主主義に従ってきた。その傾向は、2014年のクリミア併合、性的マイノリティへの抑圧、西洋外資NGOに対する資金提供の禁止など、色々な政策に現れている。なるほど、わかったようなわからないような。

かつて私が知り合った、そこそこ社会的地位が高く政治外交に関わるような方が、「学者というのは全く役に立たない、あーだこーだ言っているばかりだ」と批判していたことを思い出す。確かにロシアの学問的理解はウクライナを守ることに役に立たない。しかし、「どうしてロシアがそんな行動をとっているのか」の文脈を理解することに(contexualise)役立つのは間違いないと思う。

最後に:学部長から

最後に、学部長からのお言葉を記しておこう。学部から、教授から、色々な部分から強い批判と悲しみが広がっている。

注目:SSEESの教員及び学生の皆様
今日は、非常に強い悲しみの日となりました。個人的には、主権国家であるウクライナに対する、ロシア政府の軍事行動を取ると言う決断を遺憾に思います。私たちの学部について述べれば、ウクライナから来た、またそこに家族を残している学生及び教職員の皆さん、及びロシアから来た、またそこに家族を残している学生及び教職員の皆さんに、非常に強い懸念の気持ちを表明したく思います。この悲劇と、不確定な未来の前にある今、皆さんをサポートするために、私たちがいることをお伝えしたく思います。(以下略)

和訳は筆者

このNoteの過去記事で、中国人と香港人と台湾人の話を書いた。ロシア語の授業が始まった時、ロシア語の先生はしっかりと私を見て、「領土問題とかもあるけど、ここでは忘れようね、ここはロンドンで、UCLだから」と言った。ロシア人とウクライナ人が一緒にいる教室を見てきた。領土問題と、武器を手に取った戦いではレベルが違いすぎる。それでも、どこかに解決の糸口があることを祈っている。

参考文献


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