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【まとめ】大学1年生、イギリス2年目

大学一年生が終わった。

正確に言おう。ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ スロバニア・東欧研究学科 政治学・社会学・東欧研究コース 1年 授業学期(1学期・2学期)を終えた。理論上は3学期も存在するが、試験やエッセイの提出期限だけなので、終わったも同然である。

思ったこと

去年から使っている教科書が2冊ある。なんとなく便利そうだな、と思って中古で買って、去年使って置いておいたら、今年も使った。なんと勘の良いことだろうか。

政治学の授業は、大抵「政治とは何か?(What is politics?)」で始まる。「政治」という言葉には、無限の定義があるからだ。他の科目でも、「〇〇学とは何か?」で授業が始まることが多い。大学1年生2学期の政治学の授業の始まりで読んだ教科書は、ファウンデーションコース2学期の政治学の授業の始まりで読んだものと同じだった。当時の私の蛍光ペンの引き方を見ていると、少し引きすぎだな、と思う。今の自分だったら、ここまで細部までは引かないと思う。一方で、蛍光ペンの引き方のルール(著者は赤、メインポイントは黄色、重要な説明は下線)は変わっていなくて、今に引き継がれているものもあるようだ。蛍光ペンが章の途中で終わっていたので、あれと思って当時の授業メモを見返したら、章の一部が課題のリーディングになっていた。30ページある章だったから先生が忖度してくれたのだろう。今年はこの章に加えて、あと60ページ他の論文が控えている。やっぱりintenseになったのかな、と感じたのだった。

よかったこと

大学
・勉強が楽しかった。これに尽きる。ここでもいっぱい書いているが、政治社会学(Political SociologyとSociology)での学習を通して、ナショナリズム理論についての他のアプローチを学ぶことができた。ナショナリズム理論、本当に面白いのだ。それも含めて、大学で学ぶのが楽しいことは、一番良かったことだったと思う。

アルバイト
・アルバイトで、定期的・そこそこ安定した収入を見込めるようになった。アルバイトに行くたびに失敗する悪夢を見るのだけれど、それは私の心の問題である。バイト先自体は本当に良い方々が揃っていて、働きやすい場所だ。かつ、アルバイトを始めたことと奨学金が増えたことで、概ね毎月の支出を奨学金とバイト代でカバーできるようになった。これはとても嬉しいことだ。去年感じていた生き辛さを感じにくくなったし、どうしても頑張れない日には、「今日はダメな日だべ!」と思って諦めることができるようになった。映画に行くことや本を読むことも増えて、収入があるっていいなあ、と思う。人間は一度収入を得る悦びを覚えると、脱出できなくなる。

就活
・就活の方向性がなんとなく決まった。もちろん、まだ方向性を決めている最中でもあるのだけれど、「こういうことを大事にしたいな」とか、「こういうことはしたくないな」みたいなのが段々分かってきた。あと3年ある。日本企業で採用されるなら、2025年4月採用枠までは新卒でいける。ゆっくり、しかし着実に前に進めたらいいな、と思っている。もうちょっと着実に前に進めたい感覚もあるので、改善点も多いのだけれど。

私生活
・Noteを始めたことで、自分の中に溜まりがちだったモヤモヤした気持ちとか、イライラした気持ちとかを吐き出せるようになった。今まで膿のように溜まっていたそれがこうやって文章にして書き出されることで、落ち着かせられるきっかけになった。かつ、Noteに書くならやってみてもいいか〜みたいな感じで、気軽にホイホイひとりで遊ぶようになって、目的と手段が逆転している状態ではあるのだけれど良かったなと思う。

・人付き合いをそこそこ自分で管理できるようにあった。私は5人以上の集まりに加えて、「急な誘い」とか、「突然かかってくる電話」とかが本当に苦手で、去年はそれに精神を消耗していた。「そういう人もいるのか~」と捉えていたが、本当は人と会うなら約束をして、日時をしっかり決めて、その時間の中はその人と過ごすが、それ以外の時間は自分だけで過ごしたい。今年はさまざまな要因で自分の時間は自分の時間として消費することができた。日常的に精神が摩耗することがなくなって、ストレスが溜まりにくくなった。こうやって社交度が下がっていくのかもしれないけれど。

よくなかったこと

健康
・近年稀に見るレベルで体調を崩した。冬休みにインフルを拾ったのは、ほぼ確実にその前の週に「どこまで行けるのか試してみるか~」と思ってバイトを詰め込んだ結果、減らすことのできない勉強時間と共に限られた時間を圧迫し、免疫が弱体化したからである。この度自分にちょうど良い労働量が分かったので、それを保っていきたい。

文化活動
・後回しにして結局できなかった文化活動がいくつかある。読みたかった本、行きたかった場所、見たかった映画。もうちょっと見に行ってもよかったかもしれない。ちゃんとメモしておいて、いつかフォローアップするぞ。

5人以上の集まりに行くこと
・社交活動を目的とした5人以上の集まりに行くことが、高校生の時よりもますます苦手になった。授業みたいな明確な目的意識があるものは何人いようが問題ないし、発言もできる。式典やパーティーのような、何をして良いのかわからなくなってしまうタイミングが生じるイベントは、鳥肌が立つレベルで無理になった。高校の卒業パーティーを諦めたあの日から、社交活動と決別してしまったのかもしれない。だけど、そのままで生きていけるとは思わない。大学にいる間に、そう言う「行きたくないけれど行った方が良い集まり」に行くことに耐えられるようになった方が良い。

メンタル
感情の上下が激しい気がする。2ヶ月に一回くらい、世界の全てが怖くなる。頑張れる時は頑張れるのだが、何かちょっとでも上手くいかなかったり、不安に思うことがあったりすると、そればかり気になって手が止まりがちなことが多かった。最近だと家の契約とか、大学の成績のこととか。不安に思うこと、と言っても今の自分にはどうしようもないことや頗る細やかなものも多い。

まず、長期休暇は良くない。自分で使える時間が増える分、来年の試験のこととか、将来のこととか、ある日死んでしまう親のこととかを考え始めて、生きているのが怖くなる。別にそこで「じゃあ死んでしまおう」とは決してならないのだが、ただひたすらに全てが怖くなる。

課題の提出期限が近づいている時も若干ダメだ。提出前の1週間は眠りが浅くなり(結果的に早起きし)、毎晩嫌な思い出を想起する悪夢を見、郵便局に持っていく荷物に宛名を書き忘れ、通学するのに学生証を家に忘れ、車に轢かれそうになった。

もう一つ、契約を成立させるとか、住民税の控除を受けるとか、電気代を支払うとか、そういう生活を作り出すことが本当に苦手だ。この前もどこかで書いたが、家の契約更新がうまく行かなそうだったのだが、本当にずっとドキドキしていて、他のことにあまり意識が向かなかった。メンタル、もうちょっと強くなってくれないか。

「頭に何か余裕がある」とどんどん不安になって行ってしまうので、頭に余裕を作らないようにする。常に音楽をかけ、エッセイに取り組んだり、今まで溜めていたことを掘り起こしたりする。そうするとだんだん忙しくなってどうにかなるのだけれど、やっぱり怖いものは怖くて、喉に何かが詰まったような感覚が続く。怖い。

こういうこと一つずつに息苦しさを感じているようでは、これから一人で生きていけないな、と思う。それもその不安さがいつくるのかよくわからなくて、スーパーで買い物をしている時になぜかトリガーが引かれて息苦しくなったりして、自分でもよくわからなかった。せっかくの人生なので、もうちょっと気楽に生きたいなあ、と思う。

おわりに

そんなことを考えていたら、一年生が終わった。4年間あったはずの高等教育機関に在籍する時間が、もう半分終わったのである。そう思うとあっという間だ。

来年の勉強も楽しいと良いな、と思いつつ。

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