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知らないべきか:アジア人、治安と差別

「今、気づいた?」

先輩に聞かれた。全く何も考えないで歩いていたので、いや、何ですか、と答えた。

「今の、アジア人への差別用語だったよ」

と言われた。

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留学生としてロンドンに住んでいるので、これから大学に進学しようとする方や交換留学を検討している方々に、「ロンドンの治安って悪いですか?」と良く聞かれる。「東京と比較してどうですか」とも。

新型コロナウイルスが広がり始めた時には、アジア人に対する差別が広がった国の話を聞いたこともあったし、そもそも日本を出ると、必然的に日本人はマイノリティになるので、伴って疎外されやすくなりそうな気がするのはわかる。ちなみに前者は、個々人やグループが信じたり、従ったりする倫理的・社会的ルールが失われたときに社会不安が広がり、特定のグループで秩序が失われるとする、'Anomie(アノミー)' という社会学における理論で、後者は同一民族を特定の地域の居住者として認めるという点において、Nationalism(ナショナリズム・民族性)に関する政治哲学における理論でちょっと説明できる気がする。気のせいかもしれない。

話を戻そう。ロンドンの治安の話だ。私はお酒もタバコも薬も草もやらないし、深夜に家の外に出歩くことがほぼないため、身の危険を感じたことはない。家の近くに「あんまり治安が良くない」とされる駅があるが、そんなに深夜に近づかなければ、身の危険を感じることはない(夜に帰省に使った友人が知らない人に追いかけられたと言っていたので、夜に近づくと話は別かもしれない)。新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた時期にもロンドンにいたが、アジア人だからと言って、病原菌のような扱いをされることは決してなかったし、中国や香港出身の友人の間でも聞かなかった。なので、「外国にいるという危機感は持って、そこそこ普通に生活していれば別に危なくないんじゃないかな」と答えることにしていた。

かつ、ロンドンは、多国籍で多様な街である。ロンドン英語と呼ばれる、さまざまな国の訛りが混ざった英語が生じるくらいには、色々な国から色々な英語の癖やレベルを持った人が来ているし、見た目もバラバラだし、「イギリス人じゃない人」を排斥していたら、街がスッカスカになってしまうのではないかと思う。私の通う大学も、53%が留学生であり、両親ともに英国人です、という人にあまり出会わない。それも、その答えの理由の一つだった。

そこで、冒頭の会話である。一年前の話だ。私は英語力がすごく偏っていて、アカデミック関連の英語は聞き取れるが、日常会話はあまり得意ではないし、スラングなどはほぼ聞き取れない。だからこそわからなかったのである。ちょうど(偶然)ビデオを回していたので聞き直したのだが、聞き直してもやっぱりわからなかった。「英語 スラング 差別用語一覧」とかで検索しようかとも思ったのだが、わざわざわかるようにならなくてもいいか、と思ってやめた。

路上で差別用語を投げかけられたとて、別に傷ついたり、ショックを受けたりすることはない。それに、気がついたとして、20歳の女が発言者に対して「そんなこと言うな」と対抗するのが良策ではないことは明らかである。放置が一番だ。一方で、それに目を背けてしまうことは、東アジア人差別やマイノリティ差別に各地で立ち向かってきた先人たち、そして今も戦っている同胞人たちの努力を踏み躙る、もしくはただ乗りするだけになってしまうのではないか、と思って、そちらの方が後ろめたくなった。

というわけで私は、未だに「ロンドンって治安悪いですか?」の答えを、今まで通り「危機感を持って生活してれば大丈夫だよ」とするか、「知らないで生活していれば大丈夫だよ」に改めるか悩んでいる。


※ヘッダーの写真は昨年私が撮影した「綺麗な海の写真」であり、本文の内容とは一切関係がありません。

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