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ヴィッセル神戸の躍進について

実は、ヴィッセル神戸を応援している。

経営不信の球団が楽天の経営者である三木谷氏に譲渡されて以来、面白い変化があるかもしれないと思いスタジアムに足を運ぶ内に、段々と情が移ってきてしまった。後になって震災と縁の深いチームであるということを知って、一層、その思いは強くなった。

ただ、その後のチーム状況の変遷は期待した道筋とは大きく異るものとなった。W杯で人気を博したイルハン・マンスズ選手のデビュー戦こそ、予想を超えて多くの観客が詰めかけ、今後のチームの躍進とスポーツに今ひとつ乗り気でない神戸でのサッカー熱の高まりを期待した。しかし、マーケティングに軸足を置いたチーム運営で成績は低迷。頻繁な監督交代もあり二度のJ2落ちも経験した。降格争いの常連。万年、中位。資本が注入されても、弱小チームが強くなるのはそう簡単ではなかった。

その後、名将ネルシーニョ監督の下でも相変わらずチーム状況が低迷する中で、元ドイツ代表のルーカス・ポドルスキ選手が移籍してくるという噂が流れた。まさか、冗談だろう。経済大国の座から滑り落ちつつある日本のJリーグに、世界の現役スター選手が移籍してくるというだけでも眉唾ものだったが、移籍先がヴィッセル神戸であることも真実味に欠けた。

しかし、現実にポドルスキ選手は神戸にやってきた。

Jリーグで見る「本物」のプレーは、文字通り他を圧倒していた。在籍期間の中頃まではチーム成績が低迷したこともあって、あまりインパクトを残せなかったという批評も聞かれるが、ポドルスキ選手のボールタッチ、左足から繰り出されるスルーパス、そして強烈なシュートは、プレーを見た観客を驚かせるのに十分なものだった。ひょっとして、これからは本当にチームが変わるかもしれない。長年のファンとしては、いきおい期待が高まらざるを得なかった。

そして、高まった期待は良い意味で再び裏切られることになる。FCバルセロナを退団したアンドレス・イニエスタ選手の移籍が実現したからである。

「魔法使い」のあだ名を持つイニエスタ選手のプレーは驚きを超えていた。相手に対して常に先手を取るため、ドリブルやパスでいとも簡単に相手を翻弄する。時折見せるスーパープレーはリプレイを見ないと何をしたかが分からない。彼のプレーを見るだけでも感動がある。実際、ノエビアスタジアムで見せたJリーグ初得点のプレーでは満員のスタジアムで観客が総立ちとなった。

その後、ダビド・ビジャ選手、トーマス・フェルマーレン選手、セルジ・サンペール選手と、元FCバルセロナ所属の選手が次々と移籍してくることになったヴィッセル神戸は、この十数年間で初めて、本当の意味で変わろうとしているように見えた。日本人選手を見ても、西大伍選手、酒井高徳選手、山口蛍選手といった一流の選手たちが移籍してきた。堅守速攻一辺倒だったチームが、ボールポゼッションにこだわりを持てるようになった。手酷い敗北を喫してもチームの雰囲気やプレースタイルが崩れなくなった。天皇杯の優勝で念願の初タイトルを手にしただけでなく、ゼロックス・スーパーカップでの戴冠にも成功した。2020年のリーグ成績は低迷しているが、ACLでは優勝の可能性は決して小さくないと考えている。

このように大きくチームが変化したきっかけは、やはりアンドレス・イニエスタ選手を始めとするスター選手の移籍だったように思う。プレーの質が向上しただけでなく、チーム・ビルディングの方向性が明確になった。苦境に際しても、それを乗り越えることができるようになった。何より、チーム・マネジメントが安定するようになった。現にフィンク監督が就任してからはお家芸の監督解任論は浮上していない。

これまでのヴィッセル神戸の変化を前後半に分けて振り返ると、前半はチームの経営陣による「上からの改革」が目立ったように思う。しかし、その結果、むしろ現場は混乱しチーム成績は低迷した。「笛吹けど踊らず」である。組織で働いた人であれば、経営陣の具体性に欠ける戦略論や地に足のつかない経営目標が、いかに現場の生産性と顧客の利益に相反するか身に沁みて分かるだろう。

ただ、後半は「現場からの改革」が実を結ぶようになった。ポドルスキ選手やイニエスタ選手は、単にマーケティングの「材料」として移籍してきたわけではなかった。チームの実力を高め、若手の手本となり、プレースタイルの構築を着実に成し遂げてきている。付け加えるなら、現場での変化が経営の方向性にも良い影響をもたらしているのは、チーム事情を汲んだ経営を行うことができている経営陣の手柄でもあるように思う。

ところで目を海外に転じてみると、ヴィッセル神戸にとって最高のお手本であるFCバルセロナでは不穏なお家騒動が起きているようだ。リオネル・メッシ選手が移籍したいと申し出るなど誰が想像しただろうか。一応、残留で決着が着いたという報道も見られるが、良くない意味で時代が変わる時期に来ているのかもしれない。

メッシ選手ほどの人でもチームを良い方向に導けないという事実は、社会人にとっては他人事では無いように思う。「言いたいことを言うのであれば、偉くなってからにしろ」という忠告は、誰しもが一度は耳にしたことがあるフレーズだろう。しかし、歴史上、最高の選手の一人に数えられる現役スター選手が真摯にチームの将来について苦言を呈しても、経営陣は曖昧な返答に終止したことが本人の声明に滲み出ている。であればクラブを愛せる内に去りたいと言っても、生涯尽くしたクラブへの唯一の我儘さえ許してもらえない。数え切れない戴冠に貢献し、バロンドールを何回獲ろうが、結局、組織で働く一選手には発言権も権力もないという残酷な事実が明らかになってしまった。

社会も同じかもしれないが、坂の上の雲を見て発展を遂げている組織は、失敗や資源の不足に苦しみながらも、前を向いて走ることができるのかもしれない。そうした情勢では、権力闘争や政治が出る幕はない。だが、成熟した組織でにおいては成長が止まるが故に、その果実の分配を巡って政治的な駆け引きや妥協、権力の行方に多くの関心が集まる。そう考えると、なんだか日本の社会情勢や政治動向を見るようで、メッシ選手当人だけでなく、FCバルセロナ・サポーターの心情が思いやられる気がした。

とはいえ、二度あることは三度あると言って、メッシ選手が坂の上の雲を求めてヴィッセル神戸に移籍してくると思うのは、さすがに冗談が過ぎると思っている。

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