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猫を捨てよう、空が眩しい

死んでしまった二匹の子猫の片隅で震える命の灯。
幼い私はそれをただただかわいそうに思ってしまって、拾い上げて抱きしめた。
小さな冷たい体は、小刻みに震えて確かに生きていた。
それはとても怖い瞬間であり、同時に戦いでもあった。
母は動物が嫌いだった。
うちに連れて帰ったところで、居た所に戻してきなさいと言われるに決まっている。

誰がこんなひどいことをするの?

死んでしまった二匹の小さな命。そこに添えられたミルクの入ったお皿には、残酷さしか感じられなかった。母猫に寄り添ってしか生きることのできないこんな小さな命に、どう生きて行けというの?

私は浮遊して自分が捨てられた子供になっていた。

ママは捨てた。
いらない私を捨てた。
ママはいつも私を置いて行った。
デパートのおもちゃ売り場に私を置き去りにして、いつの間にかいなくなった。
泣き叫ぶ私を置き去りにして、後ろを振り返ることもせず、いなくなったこともあった。
朝目が覚めると、まだ帰ってこない母にどれだけ恐怖したことだろう。
だけれど、本当に私を置き去りにしていったのは、いつも優しかった父だった。

本当の優しさは、未だに何なのかを私はよく知らない。

意地悪だけど、いつでも側にいる人と、優しいけど、本当に必要な時に側にいない人は、どっちも同じような気もする。

ふと気付くと、子猫を抱え、家の前まで来てしまっていた。

母はまだ帰ってきていない。

私はそっと玄関のかぎを開け、子猫をタオルにくるんで、冷蔵庫からミルクを出した。

冷たいミルクなんて、目もろくに開いていない子猫は飲んでくれなくて、私は自分の不甲斐無さに絶望して、泣いた。

死んじゃうよ。

いやだ、せっかく生きてるのに。

死んじゃうよ。

小さな私はあまりにも無力で、ただ泣いて温めてあげることしかできなかった。

絶望は絶望を呼び、ヒステリックな母親は叫びと絶対的権力を持って私に告げた。

居た所に、捨ててきなさい。

いやです、何もいらないから、それだけは嫌です。

そんな陳腐な訴えは、はたから存在していない、あの死んでしまった二匹の子猫のように何も意味を持たず、雨のしとしと降る六月の空の下、私は家を追い出された。

小さな命は安心しきったのか、すやすやと寝息を立て、温かさに身を委ねていた。

ああ、私はなんて残酷な存在なんだろう。

さっき死にかけていた命を、たった一時の気の迷いで抱き上げ、優しさを与え、今残酷にも再びあの冷たい段ボールの中に戻そうとしている。あの二匹の子猫の死体がある、冷たい場所に。

いつの間にか雨は止み、雲間から小さな光が差し込んでいた。

ああ、眩しいなあ。

私は、段ボールの隅に死んでいた二匹の子猫を抱き上げ、公園の片隅に穴を掘って埋めてあげた。

残った一匹の命を、暗くなるまで膝にのせて、私は泣いた。

かわいそうは、責任感がない残酷な言葉だということを、その時初めて身にしみて感じた。

私は、猫を捨てた。

元居た場所に捨てて、自分は暖かい家に戻った。

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