私と習字とコスパ

習字を習っている。
小学生の頃に、近所の先生に教えていただいていたが、他の習い事との兼ね合いで退会。

それからだいぶ時を経て、昨年の11月から習い始めた。
出会いはネット。←書き方

ふと、習字を習いたいなと思った。
それは、何かを始めたいという気持ちと、やるなら何か形に残るものを、、という気持ちからだった。
習いっぱなしにするのではなく、習字であれば、1ヶ月に1度程度、昇級の検定がある場合が多い。
このスモールステップ感と、自己肯定感を高めたい感が、わたしには合っていると考えた。

そこで、居住地から近くの教室を検索したところ、先生が開設されているホームページを見つけた。

何がわたしを惹き付けたのかと言えば、先生が壁紙に設定していた小学生の力強い毛筆だった。

大人であれば、すこし習えばコツがつかめると思うが、小学生であんなに立派な字を書くには、本人の努力もあるだろうが、指導力のある先生のもとにつかなければ難しいと思っている。

教室は少人数制で、金曜夜のコースに入れていただいている。
自宅とは逆方向で、さらに駅からバスという悪条件ではあるが、指導力や先生(50代、女性、きれい)と人となりに感激してなんとか続いている。

やるからには究めたい。
また、将来自分で教室を持ちたいと考えた。
それは、もともと教えることが好きであること、自身が字を書くことが好きであることもあるが、歳をとれはとるほどなんだか貫禄が出てくる職業って、すごくよくない?!と考えたためだ。

会社で働けば、再雇用などでかなり長く雇ってもらえることができるが、さすがに現役ばりに働くことは難しい。

しかしどうだろう。
同じ年齢であっても、書道の先生となると、生涯現役感の塊、むしろ、つわもの感が高まる。
会社という枠にとらわれることなく、生涯好きなことを続けていけるという点でも魅力的である。

指導力の高い先生に習えるのは、師範を目指す上では合理的。
金曜夜という点においても、遊びに出掛けなくなったという点で経済的。。
約50人の生徒を抱えながらも、先生自身が講習に出掛けたり、コンクールに挑戦したりと、高みを目指し学び続ける姿は、学ぶものとしても励みになる。

人に教えるということは、学び続けるっていうことだと常々感じる。
先生と呼ばれる人が、自分で学ばなくなったらただの人。
先生に終わりはない。
こういう生徒、たぶんうざい。

12月は、人生初の条幅にチャレンジした。
(長い紙)


線は揃わないしマスがないし納得ができなかった。が、七夕に向けて自戒の意味を込めてのせる。
自己採点8点だけど、しいていうなら「心」はまだまし。
この雪辱は七夕に果たす🔥🔥🔥
こういう生徒、たぶんうざい。←2回目

こんなにアツい思いがありながらも、やはり根底にあるのは、月謝の回収だと思う。←
習い事ですらコスパを求めてしまうこの性格をなんとかしたいところではあるが、自身で稼いだお金で習う習い事は、小学生の頃に習っていた習い事とはまた違う力が入っている。

早く師範をとるためには、早く昇級することに限るため、家での練習にも力が入る。
これはこれでよい気もする。

とても丁寧にご指導してくださる先生に報うためにも、師範を目指して引き続きがんばりたい。

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