見出し画像

内輪ウケ的な雰囲気は否めなかったものの、圧倒的な存在感と抜群の歌唱力で復帰を見せつけたアデル。『An Audience With ...』はパーフェクトなカムバック・ショーだった。



先週日曜21日夜、英TVチャンネルITVで放送された『An Audience With Adele』。私はこの夜たまたま外出しており、観逃していたのだが、翌日のメディアのレビューが頗る良く、SNSでも大騒ぎになっていたので、慌てて観ることにした。

画像1


正直番組のフォーマットを全く理解していなかったのだが、冒頭からAリスト・セレブリティ達のインタビューが映し出され、なるほどと納得。これは単なる歌番組ではないのだな、と。

画像2


ニューアルバム『30』のリリースを記念して行われたこのコンサート(収録されたのは11月6日)。会場となったのは、ウエストエンドの老舗シアター、ロンドン・パラディウム。満席の会場に黒のきらびやかなドレスで現れたアデルは、”Hometown Glory”でショーの幕を開けた。先だって、LAにて収録・放送された、トーク番組『Oprah interview with Adele』で、いまいち突っ込んだ話がなされてなかったとか、アデルが緊張しているように見えた、などの批評があったので、しょっぱなにこの曲を持ってくることによって、母国での心地よさと安心感を表現したかったのだろうか。観客を前にして歌を披露することを嬉しく思うと同時に、非常にナーバスだ、と述べた後、お茶をすすり、英国人であることを強調する演出も、クレバーだな。

「あらこれホットハニーじゃなくて、カモミールだわ。私はDIVAじゃないわよ」


先に述べたこの番組のフォーマットとは、曲と曲の間にオーディエンスからの質問を受け付け、それにアデルが答えるというもの。で、その質問者たちだが、これが冒頭にも現れたセレブリティ達なのだ。ドーン・フレンチから始まって、イドリス・エルバやエマ・トンプソン、ハリウッドからはサミュエル・L・ジャクソン(“Oi oi!”とアデル、笑)。スポーツ界からは、イングランド・フットボールチームの監督、ギャレス・サウスゲイト、そして音楽界の大物、ストームジーまでが、プライベートな逸話や楽曲に関するインスピレーションなどの質問を浴びせる。恐らく質問自体は、事前に用意されたものだろうし、アデル自身もどう答えるかをある程度スクリプト化していたのではないかと想像できるが、彼女のすごいところは、一見退屈に聞こえる質問等も、あの独特の喋りと(彼女は北ロンドン、トテナム出身)、自然な切り返しで、非常にウィットに富んだカラフルなストーリーに仕立てて答えているところだ。例えば、ドーン・フレンチの場合、「あなたの音楽はとても共感できるものがあるけど、周りの人たちが自分の失恋話や恋愛話をしてくることってあるの?」という質問に対して「前回のツアーの時、とあるファンから彼女の修羅場の別れ話を聞いて、その困難を切り抜けるのに私の曲に救われたという話を聞いたわ。そういう意味ではイエスね」と答えた後、心配そうにフレンチに「あなたはところで大丈夫なの?」と付け加えて会場は大爆笑。コメディ女優のフレンチ自身もこの切り返しは予想していなかったようで、かなりウケていた。また、イドリス・エルバの「今までで一番自分を誇りに思った瞬間は?」という質問には「(緊張しすぎて)実はほとんど記憶がないんだけど、グラストンベリー(・フェスティバル)」と回答(2016年にヘッドライナーを務めた)。「雨の中自分で運転して会場入りしたの。実は逃げ出したい気持ちで一杯だった。車中、スパイスガールズを大音量で聴きながら(ここで会場にいたメルBが映し出される)、気持ちを落ち着かせたわ」と語り、正直なそして実は臆病な側面を露呈する。グラストンベリー出演に関しては、インポスター症候群があったと認めた上で、しかし、それは悪いことではなかったと告白。「そのおかげで謙虚に臨めたと思うの」と地に足の着いた姿勢を見せる。唯一、確信をついた質問に出たのは、アデルの大親友であるアラン・カー。「もし、あなたの元カレ(元夫も含めて)達が、あなたに関する歌を作るとしたら、どんなタイトルで、どのような音楽になると思う?すべてを語って欲しいんだけど」。ムムム、長い付き合いの大親友だから出来る質問では?しかし、ここはアデル。間髪入れずに「タイトルは“誰もお前のことなんか好きじゃない(No one likes you)”」と答え、爆笑を誘った上で、「とは言え、誰もこれをやってのける人はいないけどね。なぜなら彼ら、通常の日常業務でさえちゃんとできない人たちだから」と辛辣。よく言った!とばかりに会場からは拍手が。経験者だから語れる強気な発言、頼もしいじゃないか。

アラン・カーとアデルが大の仲良しなのは割と知られている。以前、カーのトーク番組にアデルがゲスト出演した際話した、アデルの飼い犬がカーの自宅カーペットにウンチをしたという逸話は有名。アデルはカーが犬にラムケバブを与えたのが原因だと言ったが、キッチンロールを持ってきて、そのウンチを片付けるのかと思いきや、丸めて自分の鼻に詰めだしたというオチで、2人して大爆笑していた。


しかし、今回のQ&Aでのハイライトはエマ・トンプソンだろう。すべての曲で踊り狂い、その姿が何度もカメラに映し出され、メディアを騒がせた一人であるが、最初に「そのドレスとても素敵なんだけど、靴下は履いているの?」というジョークをかました後(「タイツを履いているんだけど、股からずれ落ちてるのよ」とこれまた素早い切り返しで会場は大爆笑)、「子供の頃、あなたをインスパイアした人っていた?あなたを勇気づけ、世界中からの挑戦や苦難から守ってくれた人は誰?」という質問を投げかけた。アデルは「8年生(13歳)の時、イングリッシュの先生だったMsマクドナルド」と迷わず回答。「イングリッシュの先生であるにも関わらず、ストリートダンスなんかも教えてくれて、とにかくbloody クールな女性だったの。今私がこうして歌詞を書けるようになったのも彼女の教えがあったから。イングリッシュの時間が楽しみでしょうがなかった」と続けた。するとトンプソン、「それは偶然だわ。(ここで会場がざわつく)実は偶然にもここにいらしているのよね」と言って、次に映されたのは、セキュリティーにエスコートされて舞台へと向かうMsマクドナルド本人。二人は泣きながら抱き合い再開を喜んだ。このサプライズに涙した視聴者も多かっただろう。

画像3

Msマクドナルドがアデルを教えたのはたった1年だったが、多大な影響を受けたようだ。


そしてひとしきり感動した後、涙で崩れたメイクを直すために、舞台袖へと移ったアデルは大親友のアラン・カーを呼ぶ。戸惑いながらもステージへ上がり、マイクを渡されたカーは、アデルより"Make You Feel My Love"を歌うように言われる。焦るカーだが、伴奏が始まるとオーディエンスは大喝采(ニック・グリムショウが誰よりも早く立ち上がって拍手!)、そして歌い始めたカー。もうこれがひどいのなんのって!あの甲高いベタ声で最初のフレーズを歌いだすとこれまた大爆笑。歌詞を知らないのか、キーが合わないのか、歌えなくなった時点でオーディエンスが大合唱で助け船。「私の事知ってる先生は来てる?」と会場を笑わせて終了。アデルがステージに戻り、ビッグハグをしてカーは退場。アデルは彼を「真の友人」と呼んだ。おそらくこれは予定していなかった展開だろうが、Msマクドナルド登場からの一連のサプライズは、心温まるエピソードとして収まった。

プライベートでもしょっちゅう会って、常にこんなやりとりをしてお互いを笑わせているんだろうな、というくらい息があっていた。


どうしても、これらのAリストセレブリティ達とそのリアクションに目が行ってしまいがちな番組設定ではあるが、肝心の歌の方はどうだったかというと、アメイジング!!の一言に尽きた。新旧取り混ぜたバランス良いセットリストで、アルバム『30』からの新曲はどれも(本当にどれも!)素晴らしく、また"Rolling in the Deep"では、観客も待ってましたとばかりに席を立って踊り、"Someone Like You"では、一緒に口ずさむオーディエンスも。シングル"Easy on Me"では、ひとしきり歌いだした後、途中でストップし(「緊張しているの」と告げ)、再スタートすることも。そして、ラストの"Love Is a Game"の美しいことと言ったら!

今回のコンサートでは、セレブリティ以外にも、キーワーカー(エッセンシャル・ワーカー)やグレンフェル(2017年6月14日に、ロンドン西部の高層住宅棟「グレンフェル・タワー」で火災が発生し、70人以上が犠牲になった)のサバイバーや関係者たちも招待されており、彼らが楽しむ様子もたびたび撮影されていた。

桁違いの歌唱力でオーディエンスを圧倒させ、喋れば「ア・ガール・ネクスト・ドア」的ないで立ちでもって、笑いを取り、共感させる歌詞には涙を誘う。つまり、この『An Audience With ...』は、アデルにとって理想的かつ完璧な媒体だったと言える。感傷的なラブ・ソングを歌いあげるメガ・シンガーであるとともに、ナンセンスを受け付けない態度を貫き、ユーモアセンスたっぷりに自虐的ジョークすら発することを恐れない、これをエフォートレスにやってのけるエンターテイナーがほかにいるだろうか。

今回のコンサートは、芸能界におけるアデル・サポーターたちを共有するだけでなく、歌やパフォーマンスを通して、彼女の歴史、強さも弱さもすべてをひっくるめてさらけ出した、非常に人間的なパーフェクトなカムバックショーだったのだ。

ノリノリのエマ・トンプソン。手前にいるのは、コメディアンのマイケル・マッキンタイア。

素敵。ストームジーが一緒に歌ってる。


イングラント・フットボール監督のギャレス・サウスゲイトから、「この会場にいる人の中で、コラボしたい人は誰?」と訊かれたアデルは、「ダニエル・カルーヤ」と回答。びっくりしてほぼ固まってしまった本人(笑)。


エマ・ワトソンも踊ってる。デュア・リパも。

ジョディ・カマー。目がハートになってる。可愛い。


そして最後にこれ。記事とは全く関係なくてごめんなさい。2012年のX factorで、Union J というボーイバンドがカバーした"Set Fire to the Rain"。実はかなり応援してた。右から2番目のJaymeという男の子の歌唱力が抜群で、ルックスもいいし、ネクスト・ワン・ダイレクションか!?とも言われてたんだけど、いつの間にかいなくなってしまった。彼らが今何をしているのか知っている人がいたら教えてください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?