七夕物語と来ることのない明日
「明日なんてこない」
頭の中でずっと呪文のように唱えていた。
とある土曜の夜。
近所の公園。
となりのベンチに座っているおじさんは
木々のささやき合いに耳を傾けていた。
一方私はスミノフアイスを傾けていた。
爽やかな味に反して私の心は重苦しかった。
明日がきてほしくない。
理由は割愛するがただそれだけのことだった。
*
時間とは無情なものだ。
私がどんなに駄々をこねようともそいつは止まってくれない。
いっそ置いてけぼりにしてほしいくらいだが
それすらも許してくれない。
つまるところ明日がきてしまった。
いやいや。
ところがどっこい、なんと実は明日は訪れなかったのである。
いやー不思議なこともあったもんですね。
私はどうしてか連続して土曜が訪れるという
平行世界に迷い込んでしまったようなのです。
即ちパラレル土曜日。
(そうやって脳を騙すことによって自我を保っておりました。)
辛いときは寝るに限る。
これは私がクソみたいな人生を生き抜くために身に着けた術である。
そうして寝たり起きたりを繰り返して
どうにかパラレル土曜日の午後八時。
――腹が、減った。(孤独美食家感)
愛を求める旅に出ることを決めた。
愛とはなにか。
そんな哲学的問いかけに私は一つの答えを出した。
愛とはラーメン。
辛いときはラーメンに限る。
これも私がクソみたいな人生を生き抜くために身に着けた術である。
私は歩きでラーメン屋さんに向かうことにした。
空腹は最高の調味料であるからして。徒歩三十分。
大好きなラーメン屋さん。
大好きなラーメン。
大好きなスープ。
一口すすって自分の考えに間違いがなかったことを悟った。
愛だ。
*
地下街のトイレに行った際にその日初めて全身を見た。
オープンショルダーのトップス。
オレンジ迷彩のカーゴパンツ。
紫のクロックス。
私的にはだいぶ攻めた格好であった。
思わずこんなツイートをしてしまうくらいに
人に見せるつもりなんて更々ない格好であった。
【反対側の土手に居るので来て下さい。】
それはあまりにも唐突なリプライだった。
私はそのフォロワーさんがどのあたりに生息しているか
なんとなく把握している。
「わかりました!ガチで向かいます!」と私。
本当に向かうことにした。徒歩オンリーで。
だってそのほうが面白いと思ったんだもん。
それは夜の二十二時十七分。
「(他の人の)配信が終わるまでに来て下さい。」とフォロワー。
かなり急かされた。絶対に間に合わん。
しかし配信は延長となり終わる頃にはまた別の人が配信を始めていた。
道中はそれはもう大変だった。
走ったと思えば真逆の方向に進んでいた。
辿り着いたと思えばGoogleマップに目的地を騙されていた。
中々出会えない私たちはタイムライン上で
『織姫と彦星』と言われていた。
私が織姫なんて柄じゃないなと思ったけど
どうにも織姫は彦星と結婚してからというものの
怠惰な生活を送っていたようだ。
一気に織姫に親近感が湧いた。
掴めるはずのない月を掴もうとして
やっぱり掴めなかったなあと
笑ってしまうくらいには私はうきうきしていた。
待っていてくれる人がいるだけで
こんなにも歩くのが楽しかったなんて。
「握り締められるよ 貴方の手なら」
彦星がそう言うんなら間違いないや。
*
新葉の薫りと湿った土の匂いが混ざり合ってきた。
虫の音が静かな公園に鳴り響いていた。
雲がかっていた空にはいつの間にか星が浮かびあがっていた。
「会えた」
午後十一時半。
織姫と彦星はようやく出会うことができた。
初めて日曜日を迎えられた気がした。
やっとパラレルワールドから抜け出せたんだ。
他愛もなかったりあったりする話をして笑いあって
本当に気分が良かった。
気持ちが晴れやかだった。
それはまさに、
「なんかハッピーニューイヤーみたいですね」
そう!
これが以心伝心ってやつか。
いやでもそれなら
「それならハッピーニューデイズですね!」
明日なんてこないと頭の中で繰り返した土曜日。
ギリギリで迎えることができた日曜日。
そして満を持して登場する月曜日。
【ハッピーニューデイズ!】
明日がやってきた。
*
帰り道に泥にはまってガン萎えした。
だけどそのあとセブンティーンアイスを見つけて
大好きなソーダフロートを食べられたので
萎えた気持ちは相殺された。
セブンティーンアイスの棒を剣だと思い込む人が
世の中に案外たくさんいることを知った夜だった。
この日は大変質の良い睡眠が取れた。
クロックスでたくさん歩いたんだもの。
彦星さん
次に会うときはこちら側の土手で会いましょうね。
読んでくださりありがとうございます!! ちなみにサポートは私の幸せに直接つながります(訳:おいしいもの食べます)