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太陽と音楽と酒があればいいという男の話[35/100]

初めて彼と会ったとき、彼は19歳だった。
誰とでも打ち解け、どんな内容の話でもオーバージェスチャーで聞くので、いくらでも人が寄ってきて、そして彼と話をしていた記憶がある。

「まじでーー!? いいじゃん」ばかり言っているので、わたしは「なんて適当な人だろう」と若干距離を取っていた。ちゃんと人の話を聞いていないんじゃないか、と思っていた。

私が彼としっかり話したのは、インドのコルカタという街だった。偶然にも同じ時期に、同じ地域を旅していた。

今から約20年前。スマホなんてない。しかも強烈な国、インド。大好きだけれど、なかなかにアクのつよいインド人とのやり取りに、疲れが出始めていた。だから、彼が「今ブッダガヤにいるけど、コルカタにいるの?」とホットメールに連絡をくれたときは、めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。

そして、コルカタの公園で会った。インド旅行につきものの、お腹の不調により、彼は何も食べれないと言ったので、会う場所を公園にしたのだ。

ちゃんと話をしてみると、オーバーリアクションでも、適当に話を聞いているからでもなく、まじで「いいね!!」をいう人だとわかった。

どんな話も楽しんで聞いてくれて、すごくくだらない悩みにも「その悩みがいいね!」くらいの大胆な背中の押し方をしてくれるので、すっかりそのあとは私も彼に引き寄せられていた。

彼は、そのころから「太陽と、音楽と、酒(そしてそれを共有できる人)があればいい」と言っていた。

そんな彼に、先日インタビューした。今は、私の夫だ。
25歳のときに、授かり婚をし、結婚して15年経つ。

あの頃、何でも、どんなときも「いいね!」と言って楽しめる心を持っていた彼も、さすがに今では私の軽率な誘い(仕事辞めて、タイに移住しないかとか)には真顔で「しない」と答えるような人になっていた。

それどころか、エクセルで家計をこまごまと計算し、「今月の出費が」とか「子どもにかける教育費はいくらまで」などと言うので、どんぶり勘定でテキトーに生きてきた私には窮屈でたまらない。夫も同じ種類の人種だと思っていたので、結婚してみて、かなり意外であった。

それでもやはり、インタビューすると「仲間とか、家族がいて、太陽と、音楽と、酒があればいい」と彼は何度も言った。

「意外と石橋をたたいて渡る一面があるよね」と聞くと、「そう?」と答える。娘たちが「歌を習いたい!」「友達と、スキー教室に行きたい!」と言うと、「ちゃんとできるの? 途中でやめたいとか言わない?」とか念押しすることを指摘すると、それは気付いていなかったと言った。

「無鉄砲でも、挑戦することに対して、諸手を挙げて賛成するような人だったような気がして」と伝えたとき、彼は言った。「あ、確かに、家族は俺が守らなきゃ、って思ってたかも」と。

「傷ついてほしくない、泣かないでほしい」と娘たちに思う、優しさからの発言だったんだと知って、私はホッとした。もっと聞いていくと「お金に困らせないようにしなきゃ」とも強く思っているようだった。

「自分が両親からやってもらったことは、全部娘にもしてあげたい」という彼のことを、これまで少し誤解していたな、と思った。これから、彼が娘たちに「失敗しないの?」というメッセージを発したら、私は隣でその本意を補足してあげられるようになりたいと思う。

家族って、近いけれど、意外とわからないことが多い。
「知ることは、愛すること」。家族インタビューで、身近な人を「知りなおす」ことは、私にとって幸福な時間となった。



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