見出し画像

おっぱいを知らない赤子たちさ

うちの息子は、生まれてこの方、一滴も母乳を飲んだことがない。
それどころか、本物の乳首を口にくわえたことすらない。

いわゆる完ミ育児(完全にミルク)ってやつである。

***

妊娠前から飲んでいた薬を、妊娠中もずっと飲み続けていた(もちろん胎児に影響がないことを確認済み)のだが、臨月に入りいざ「授乳はどうする」という段になって、小児科から母乳NGが出た。
胎盤を通せばほぼ無害になる薬の成分も、血液から作られる母乳にはダイレクトに入り込んでしまうらしい。
じゃあ薬をやめるかという話にもなったが、母体の健康を損ねてもいけないという結論に達し、「じゃあ母乳を止めよう!」となった。

そうして母乳を出す準備をしていたはずの私の乳房は、出産直後、たった一錠の薬を飲んだだけで、あっさりとその働きを止めた。
ちまたで話される「断乳」や「卒乳」には、母子ともども試練と苦難にさらされるイメージしかないのに、赤子に吸われる→母乳が分泌されるというサイクルが始まる前なら、こんなにも簡単に乳とさよならすることができるのだ。

ああ、一回くらいおっぱいをあげてみたかった……という一抹の寂しさは感じたものの、生後7カ月現在、完ミ育児のメリットをこれでもかとばかりに享受しているので(その話はまた別の記事でしたいと思う)、結果的にはこれでよかったと思っている。

幸い息子は、息をすることも忘れるくらい哺乳瓶にガッツくタイプの赤子だったので(事実、それが原因でチアノーゼになり退院が伸びた)、母乳が出なくても何の問題もなかった。太りすぎることもなく、すくすくと成長している。

そんなわけで、我々母子とは縁遠い「断乳」や「卒乳」なのだが、SNSの子育てタグなどを巡っていると、想像以上に壮絶なエピソードが飛び出してきて、思わず見入ってしまう。
「断乳とイヤイヤ期が重なった」「胸が岩のように固くなり、激痛」「それなのに抱っこを求められ地獄」「自分も子どもも号泣」……。
正直、この時ばかりは心底ミルクでよかったなあ!と思わざるを得ない。

そんな数多の母子の記録の中に、こんなものがあった。

「おっぱいを見ると飲むことを思い出してしまうと思ったので、お風呂は旦那に任せて裸を見せないようにした」

はあ、なるほど。
そりゃ食料が目の前にあったら、おなかが空いていることを思い出して飛びつきたくなってしまうよね……。

そしてふと思った。

……うちの息子、私のおっぱいを見ても、何の反応もねぇな……。

***

息子の前で着替えたり、一緒にお風呂に入ったりするとき、当然私は彼に裸をさらすことになる。
しかし彼が、私の胸を見て乳首をくわえたがったり、「くだちゃーい!」というアクションをとったりしたことは一度もない。それどころか、触ろうとしたことすらほとんどないのだ。ちなみにかろうじてあるのは、一緒に湯舟につかっている際、息子が私の腕から滑り落ちそうになり、とっさに「ちょっと出っ張ったもの」として選ばれたものが胸だった……という感慨も何も起こらない出来事である。

息子にとって、食料=ミルクミルクが出るところ=哺乳瓶だ。

おなかが空いたとき、哺乳瓶を見て興奮したように手足をバタバタさせることはあれど、胸を見てもノーリアクションだ。
というか、胸を見る、とか、そもそもそこに注目することすらないのかもしれない。
哺乳瓶しか知らない彼には、おっぱいというものが一体何をするためのものなのか、理解するタイミングが存在しなかったのだ。

息子にとっておっぱいとは何だろう……。
おっぱいを一体なんだと思って育つのだろう……。

どうでも良さそうな話だが、ちょっと気になってきませんか。

あ、そんなことない?

***

「男性 胸が好き なぜ」

などと検索すると、十中八九出てくるのが、「胸=母性論」だ。
いわく、胸を見ると、かつて母乳を飲んでいたころの記憶、母の胸に抱かれていたころの記憶が呼び起こされ、安らぐことができるんだとか。

特に日本の男性は欧米諸国の男性にくらべて胸を好む人が多いそうで、その理由はなんと先に話した「断乳」にあると言われている。
日本では、「だいたい1歳6ヵ月くらいまでに断乳しましょう」などと言われることが多いのだが、世界基準で考えると、これはどうやら早すぎるらしい。WHOが推奨する卒乳年齢は「4歳までに、自然と卒業」である(4歳て、幼稚園入っちゃってるじゃん……)。

要するに、本当はもっともっと母乳を必要としているにもかかわらず、強引におっぱいと引き離されてしまった寂しさが、大人になってからの胸好きにつながっている、ということだそう。
なんだか理屈が通ってるんだか通ってないんだかよくわからない説だが、女性は女性でやはり「胸が大きい子がうらやましい」という憧れやコンプレックスを抱いている人が多いところをみると、あながち間違っていないのかもしれない。

この説を前提に考えると、うちの息子は女性に胸の大きさを求めないことになる……(大真面目)。

いやいや、うちの息子の母性の象徴は哺乳瓶つまり哺乳瓶の乳首だよと言いたいところだけれど、我が家は旦那も授乳する(それがミルクのいいところ……)。何なら離乳食3カ月目に突入しようとしている現在、ミルクよりごはんの方が好きになってきたかもしれない。

となると、彼はやはりという周囲からの刷り込み(メディアや友人たちとの交流、自分と異性の差異を理解する過程)によって、「胸=女性性の象徴」という意識を持つようになるのだろう。
でもその「女性性」の中に「母性」という深層心理が含まれないわけだから、胸に対して「ほっとする」とか「安心する」とかいう感情は生まれないことになる。

やはり、完ミで育った息子は、世間一般の男性たちより、胸好きになる確率は下がるのではないだろうか。

……ここまで書いておいて息子が胸好きになったら、ただただ本当に女好きってことか。

どなたか、児童心理学や恋愛心理学を研究している方。
「母乳育児とミルク育児における、成長後の巨乳好きの数とその差異」
次の論文のテーマにいかがだろうか。

***

もしここにたどり着いた方で、母乳育児ができないことに引け目を感じている方がいるとしたら、それについてはまた後日書きたいと思うのだけれども、とりあえず一言だけ置いていきたい。

うちの母「まあ、父(ちち)だけの乳(ちち)ってことでいいじゃない」

私が完ミになると告げたときの、最高で最悪の一言です。
ご査収ください。