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騙されたかもしれないが100バーツを渡した、後悔はしていない

「詐欺には気をつけろ。」旅慣れている人なら身に染みているかもしれない。

勝手にモノを手渡されたと思えばお金を要求されたり、タクシーでメーターを回してくれなかったり、日本ではあり得ないレベルの詐欺・スリ・etc…が外国にはある。

わたしも、それは知っている。だから人一倍、気を付けるようにしている。


Grabドライバーとの出会い

東南アジアでは、Grabという配車アプリがよく利用されている。
Grabドライバーが依頼を承諾すると、指定した場所まで迎えに来てくれる。行先はアプリで指定しているため指示の必要がなく、金額は事前決定のため交渉いらず、さらに、決済はアプリ経由で行えるのでとても便利だ。

ほとんどが自家用車で、本業の人もいれば、アルバイトの人もいる。若いドライバーなんかは英語が流ちょうに話せたりするから、おそらく副業なのだろう。


ある日、わたしたちは休日にワット・ポーというお寺に行こうと思い立ち、さっそくアパートからGrabを呼んだ。

来たのはシニアドライバーだ。珍しい。わたしが今まで乗ったGrabは、ほとんどが40代以下だった。

ドライバーは優しく、誠実だった。子どもたちを見てニコリと微笑んだ。ベビーカーや荷物の詰め込みを手伝ってくれる。家族みんなで車に乗り込んで、いざドライブへ出発。



雲行きが怪しい

出発してすぐ、ドライバーから「Japanese?」と訊かれた。
そうだと答えると、ドライバーはコンニチワと言った後、iPhoneを取り出し、タイ語で話しかけた。siriがそれを翻訳する。

私は日本人を礼儀正しく規律を守る人種として尊敬しています。


ありがとうございます、と言ったが伝わらなかったので、「”Arigato” means “コップンカップ”」と言うと、ドライバーは目じりをしわしわにした。


その後、ドライバーのsiriがまた日本語で告げる。

私の妻は日本人上司のもとで働いていました。

そうなんですね、とにこやかな車内。そして、

でも今は病気で退職しています。



先ほどまでの和やかな雰囲気が一瞬にして消え去り、大人たちは静かになった。わたしたち夫婦に流れていたのは、緊張だった。助手席の夫が、前を向いたままつぶやく。「雲行きが怪しくなってきた」。

妻は末期の白血病を患っています。 私は彼女の治療費のために、こうして働かなくてはなりません。

わたしは、oh….としか言えなかった。大丈夫ですか、とか、お大事に、とか、そんなことを言いたかったのだけど、それをどうやったら英語で言えるのかわからなかった。

言葉がわからない、伝えられないという苦しさを、ここでもまたひとつ、重ねる。

一方、夫は、「これは、、、、」と一言もらして、その後は、次の行動を考えているようだった。具体的には、ここで降ろしてもらうべきかを慎重に検討していた。

静かな車内の中、siriは続ける。

だから、今日、私に仕事を与えてくれてありがとうございます。

ほっとした。お金をせびられなくてよかった。親の逡巡をよそに、子どもたちはほがらかに歌を歌う。


悲観的な夫、楽観的な妻

それから、信号が赤になるたび、ドライバーは写真を見せてくれた。去年、日本を訪れたのだという。
富士山には雪が積もっていなかった、とか、私もあなたたちと同じように日本の寺社仏閣を訪れました、とか、色々と話をしてくれた。

そして、「wife」と言って奥様の写真を見せてくれた。とても元気な様子だった。その写真は、さきほどの話が本当ならば、この一年で急激に容態が悪くなったことを示唆していた。

わたしは、今もどこかで病魔と闘っているであろう女性のことを想った。どうにか元気になって欲しいと願う。

一方で、そんな清らかな祈りを捧げるわたしとまったくの同一人物であるわたしの胸中では、一滴の疑問がしたたり、滲み、広がっていった。それはわたしに問いかける。「想像するその女性は、本当に、存在するのだろうか?」


我が家は夫がペシミスト、わたしがオプティミストだ。わたしは強烈な正常性バイアスの持ち主だから、今まで夫のリスクヘッジに何度も助けられてきた。
そんな彼と長年付き合ってきたからわかる、夫は、この人をまるで信頼していない。写真だって、「私は怪しいものではないです」というアリバイ程度に眺めている。

わたしは混乱していた。わたしはどうあるべきか。この人の話が本当だとしたら、救いたい。でも、うそだったら? わたしの善意は、この人に踏みにじられてしまう。心はまだ決めかねていた。うそか、まことか。わたしは何を信じたらいい?



信じたいけど、信じていいのかな

ワット・ポーは王宮の近くにある。タイの王宮は、華やかだ。王様と王妃様の誕生カラーである黄色と紫色のリボンが、いたるところに飾り付けられている。

ドライバーは左手をあげて、わたしたちの注目を促す。もうすぐワット・ポーに着くという。

彼は、また、タイ語でiPhoneに話しかけた。

ワット・ポーは健康祈願のお寺だから、健康について祈ってください

へぇ~、と大人たちは相槌を打つ。その後、siriは続ける。

私は妻のためにこのお寺で祈りました。


その話題になると、途端に静かになってしまう。もしかして、最後に、お恵みをねだられるのかな。無言の会話を夫婦で織りなす。ドライバーは、続けて話した。


ぜひ、涅槃仏を見て行ってください。

到着。ドライバーは、結局、一度たりとも、わたしたちにお金を要求することはなかった。



決断

コップンカップ、と、夫は短く言って、すぐに降りた。トランクからベビーカーを取り出し、荷物を運びこむ。

わたしは後部座席に座っていた子どもたちを夫の元に連れていき、最後の荷物を取り出す。そのとき、手には100バーツ紙幣を握っていた。日本円にして430円だ。
わたしは、色々考えていた。このお金は夫が稼いできたものだ、とか、奥様の話は嘘かもしれない、とか、そもそもなんて言えばいい?とか、思考が隕石のごとく飛び散っていく。でも、タイミングは今しかない。


「for your wife.」


わたしはつたない英語でそういって、ドライバーへ100バーツを手渡した。ドライバーはワイ(合掌)をして、わたしの目を見つめた。その瞳は、嘘をついていないようにも、この日本人は良いカモだったと言っているようにも見えた。


いいんだ、これで。そんなわたしが好きだから

末期の白血病に侵される女性、というのは、存在するのだろうか。わたしは今頃、ばかにされているのかもしれない。先ほどのドライバーの身の上話が嘘か本当かわからない。でも、わたしは、いいや、と思った。

彼は、今日、仕事を終えて、旬の果物をありったけ抱えて奥様のもとに帰宅するだろう。病床の妻に食べさせようと、しわがれた手で包丁を持ち、皮をひとつひとつ剥きながら、100バーツをくれた日本人の話をするだろう。そして、つかの間のしあわせを噛みしめる。この世は捨てたもんじゃないと実感する。

そういうストーリーが、本当にあったのだ。そう考えることにした。わたしは、善きひとであった。今はそれでいい。善い行いをする、そんなわたしが、わたしは好きだ。

もしかしたら、これは詐欺の常套手段なのかもしれない。わたしは今後、同様の手口に何度も何度も遭遇するかもしれない。そのときは、そのときだ。人を見て、自分の目で、うそかまことか見極める。時には同情したり、時には素知らぬふりをしたり、何度も何度も判断する。そして、善い人であり続ける。

それは、対峙するその人のためではない。自分のためであるのだから。




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