#039 不妊のしんどさは自分の「ないもの」と向き合って劣等感が募ることだと思う。
わたしのなりたい母親像がそこにあった。
不妊治療中のわたしにはちょっと眩しすぎた。
急なカウンターパンチをくらってしまった気持ち。
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仕事を終えマンションに着いたら、ランドセルを背負った女の子がオートロックの扉を開けてくれた。泣きじゃくった顔で。
低学年くらいの小さな子。
「何階ですか?」と震えた声が聞こえた。
どうやら女の子は家の鍵を忘れてしまって、部屋に入れないようだった。
誰かが入る時にオートロックの扉の中に一緒に入ったはいいが、部屋には入れず立ち往生していたようだ。
わたしが帰った時に、母かもしれないと思って開けてくれたのだろう。
話を聞いていくと、キッズケータイの電源は切れているし、母の電話番号はわからないし、水筒は空っぽで、途方にくれているようだった。
急いで部屋に戻り愛犬のパンくんと、お水を持って彼女の所に戻った。
「ゆりちゃんもワンちゃん飼ってるんだよ。ベリーちゃんっていうの。」と教えてくれた。
やっぱり犬は場を和ませてくれる。すごい。
お水を一口飲んで「もういいです。」ときっぱり断ってくれた。
一口飲んでしまって罪悪感を覚えたのかもしれない。知らない人から食べ物をもらってはいけないことを、思い出したのだろうか。えらい。
残りのお水はパンくんにあげた。パンくんもゆりちゃんも嬉しそうだった。
しばらくするとお母さんが帰ってきた。
ゆりちゃんはお母さんに抱きつき安心したのだろう、わんわん泣いた。泣きながらも精一杯状況を説明した。
理解したお母さんもゆりちゃんを抱きしめ返した。
とっても眩しい光景だった。
初めてのおつかいか何かのように、不安と向き合ったゆりちゃんと、それを褒めたたえるお母さん。
絵に描いたような母親と子どもの素敵な姿だった。
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真下の部屋の方だったので、挨拶をしたことがあった。
シングルマザーであることは知っていた。
とっても綺麗な方で、モデルさんかなと思ったくらい。保育園でお仕事をされているそうだ。
シングルマザーのしんどさも悩みもたくさんあるだろうと想像するが、ゆりちゃんという何物にも変え難い宝物がある。
どうして、わたしには子どもができないんだろう。
どうして、わたしには何者にも変え難い大切なものが、ないんだろう。
劣等感と情けなさと虚無感。感じ得るネガティブな気持ちの全てが襲ってきた気がした。
不意打ちのカウンターをくらってしまった。
こうやって自分のないものと向き合わされる。
不妊という事実は劣等感が募っていくのだ。
子どもがいない道を、望んで歩いているわけではない。
人と比べるなというほうが無理な気がする。
どうやってやり過ごしたら良いのだろう。
今日のことは夫にも言わないつもり。
口に出すと惨めさが増してしまいそうだから。
おしまい。
ほんじゃ、またね〜!
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