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あの時があったから今のわたしがいる


今まで、色々な苦い経験をしてきました。
でも、どんなに辛いことも、「私」であることに間違いはないのです。


幼い頃から、「私はみんなとは違うんだ」と感じながら生きてきました。
それは、今でも変わらない考えでもあります。ポジティブに考えられるようになったのは、つい最近のことです。

「森じゃなくて木を見ている」

小学生の頃、母親が担任の先生から言われた言葉です。「みんなで森の絵を描こうとしていても、この子は森じゃなくて木を見ている気がします。それは、普段の生活の中でもそうじゃないかと感じる時があります。」と。
今の世の中ならすぐに「グレーゾーンの子ども」と分類されたでしょう。
もしかしたらそうなのかもしれない、と自分でも感じていましたし、両親も薄々気がついていたようです。
でも母は、「日常生活に支障はありません。だったらそれはこの子の一つの性格でもあり「才能」だと思います。」と返事したそうです。

いつもみんなと着眼点が違った。保育園年長組の頃、光の三原色に疑問を抱きました。テレビに近づいてみたら、赤と青と緑が見えたんです。
それがどうも不思議で。黒でもなくて白でもない。なぜこの三色なのか?と。父に【光の三原色】について教えてもらって以降、そうやって色を作っているということが面白くて、ビックリするくらいの近さでテレビを観ていました。
画面と顔の距離は2センチとかのレベルです。それが原因かわかりませんが、就学前健診で視力低下で引っかかりました(笑)
それから今までずっとメガネ生活です。(時々コンタクトですが)


おままごとより絵本が好きだった

園庭でおままごとをしていたとき。ふと思ったんです。「なんだか楽しくないな」って。「これだったら絵本を読んでいるほうが楽しいかも」と思い、
それからお友達からおままごとに誘われても、ほぼ断っていました。
小学生になっても、鬼ごっこよりも本を読んでいるほうが落ち着くと感じていたし、中学生の頃も、高校へ進学しても、みんなとワイワイするよりは一人でのんびりしているほうが、心が穏やかになると感じていました。

もちろん、友達たちと遊ぶことは好きです。でもその時は楽しくても、その時間が終わればとても体が疲れているんです。
いらない気を遣ってしまっているのか、空回りしているのか、楽しかったと感じるよりも、疲れたと思ってしまう。
歳を重ねるごとに、他人に対して心を開くまでの距離が遠くなっていったように思います。パーソナルスペースの壁がどんどん分厚くなっていく感覚。


みんなと違う、それがはじまり

大きくなれば、周囲がその違いに気が付きはじめます。そしてそれは格好のターゲットになります。端的に言うと、「いじめ」ですね。
みんなと違うことを嫌うのが日本人の特徴の一つですから。
当の本人は「みんなと違ってなんでダメなの?」と思っているので、双方が交じり合うことはありませんでした。

好きでもない男の子に告白を強要されたり、後ろから飛び蹴りされたり。
あ、もちろんやられてばかりではないですよ(小声)
やったりやられたり、なので、半分自業自得。だから相手ばかり責めるのは違う気がしますが、「みんなと違うから」が理由なのは納得がいきませんでした。

道徳の時間に、「みんなちがって、みんないい」「十人十色」と学んだところなのに。なぜ少しでも集団からずれただけでターゲットにされてしまうんだろう。今はそんなことはされていませんが、当時の私はそれが不思議でならなかったんです。
そうやって学んでいるのに「みんなと違う」と蔑む周囲の人が、自分とは違う種類の人間に見えていたのです。


それでも生きることができた

友達って、多ければいいものではないと思います。私は子どもの頃からそう思っていました。いじめられたことからそういう考えになったのかもしれません。
それでも平気でいられたのは、肯定してくれる人たちがいてくれたからです。私と同じ考えでいる友達や、家族が私をことを理解して、支えてくれました。いじめられている子と一緒に居たら次は私が…なんて浅はかなことを考えない子が一緒に居てくれたのです。
彼女のおかげで、その時代を乗り越えることができました。「集団で群れる」ことが苦手な者同士、お互いの好きなものの話や本のことを話す。

そしてなにより、自由に考え・行動できる環境を作ってくれていた家族に感謝しています。「他の子とは違う」と指摘されても、それを「才能だ」と認めてくれた両親。私に本の世界の楽しさを教えてくれた父。
そんな人たちが私のことを守ってくれていたんです。大人になってから守られていたことに気が付きました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


失敗は学びのチャンス

社会人になってから、転職に一度失敗したことがありました。
お金と時間をかけて実家を出て都会で働くつもりでした。ところが、とてつもないブラック企業で、我慢できなかった私は1週間で辞めたんです。(雇用契約は交わしていません)
たった一週間で実家に戻った私。引っ越しなど色々手伝ってもらっているので、父に合わす顔がない…と思ったのですが、父が一言。
「時間もお金もかけて失敗した。失敗だったけれど、そのかけた時間とお金を人生の勉強料だと思え。今回のことで一つ学べたはずでしょ。」と。

目からうろこでした。怒られると思い謝る口でいたので、返す言葉が出ませんでした。



今日の私が明日の私をつくる

その父の一言で、私の中での失敗に対する価値観が変わりました。食べたものが体を作るように、色んなことが私の中身を育てているんだ、と。
転職が失敗したことをきっかけに、転職するときやビジネスの話を頂いた時などはしっかりと下調べするようになりました。
お互いにズレがないように、相手のことをまずは知るところから始めよう、と。

恋人との別れも、仕事の失敗も、すべてが今の私になっている。その出来事がなければ、今の私は存在しないかもしれない。
時間とお金をかけて失敗したとしても、それは決して勿体ないことではない。失敗を失敗で終わらすことが勿体ないのであって、そこから何を学んで次に活かしていくか、だと思うんです。

みんなと違うと苦しんだことも、分かり合えなくて辛かったことも、そこからたくさんのことを知った。成功から学ぶことよりも、失敗して学ぶことのほうが多い人生ですが、それも「私らしい」と思いたい。
子どもの時もたくさん学びますが、そういう意味では大人になってからの方が学ぶことが多いと思います。
世間の波に揉まれても、しっかりと地に足付けて流されないようにするためのスキルというのは、きっと大人になってからの失敗が作っていくのではないでしょうか。

勉強では学べないことをたくさん知ることができた。こう考えられるようになったのは、あの日の父の一言があったから。その父のもとで育ったから。

それでも失敗を恐れて動き出せないことがあります。やっぱり失敗はしたくないし、怖いものは怖い。成功して周囲から認められたい。
でも、その承認欲求のためだけでなく、自分のためにどう行動するべきかしっかりと自分で考え・行動できる大人になりたいものです。

やらない後悔よりやって後悔。きっと何事もそうだと思います。




2023.01.02


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