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とがった三日月が輝き、湖から涼しい風が吹く夏の夜

エピソード36配信しました

その小さな民宿は車で5時間くらいの
フルーツがおいしいことで有名な街にあった
カナダでは民宿のことをBed and Breakfast, B&Bと呼んでいる
オゴポゴと言う幻の恐竜伝説がささやかれてる
大きな湖が見渡せる絶景な緑の丘に建っていた


お宿の主は日系カナダ人のご夫婦
K子さんは当時、多分75歳くらいでご主人のTさんもそれくらい
彼らは小さなお宿を営みながらいろんな種類のフルーツを育ててはった
私と友達が訪ねた夏は太陽をサンサンと浴びた
チェリー、桃、ブルーベリーなどなどがプリプリに育っていた

お宿はまるでそれがご夫妻の主義であるかのように
見事に新しいものがなく全てのものには温かい年期が入っていた
何年も丁寧に使ってこられたことは
きちんと端っこが縫い改められてるタオルケットや
修理を重ねた後がわかるシャワールームが語っていた

ご夫婦は止まると死ぬんじゃないかと思うほど、よく動く人達だった
カラダが勝手に動いて気持ちが後からなんとか追いついている、
そんな感じだった
自分たちよりかなり高齢の方にお世話になることに
最初、わたしたちは気を遣った
K子さんは敏感に私たちの気持ちに気付いたらしく
「あんたたちはリラックスしにきたんでしょ
気を遣われると私たちが疲れちゃうからリラックスしてちょうだいね」
と言い放ち、ちょこちょこと裏庭に消えていった

彼らが作ってくれたごはんは自家製お味噌のお味噌汁や、
庭で育てた野菜のおひたしや、バルコニーで焼いてくれるBBQ
その全てがこぶしを回してしまうレベル、呻いてしまうほど美味しかった
はらわたが喜んでいるのがわかる正直でまっすぐなおいしさに満ちていた

私と友達は褒め上手だった 
本当にそう思ったから大喜びで称賛し倒した
するとおふたりは生まれつき備わっていたと思われるサービス精神に
さらにターボを入れ、
さらに数々のおかずをその場でちゃちゃっと作り
次から次へと出してくれた

大根のゆず浅漬けやハーブの効いた鶏ハム、
フワフワのドライアップルなどなどが
色褪せたテーブルクロスのかかったダイニングテーブルに所狭しと並ぶ
私と友達は文字通り堪能させてもらった
死ぬ前の最後の食事がこんなんやったらうれしいな、そう頭によぎった

こんなに美味しく作れちゃう秘密ってなんなんですか?と尋ねてみた
K子さんは「うーん、多分ね、love入ってるから」と言った
食材も今日、初めて会ったあんたたちも愛しいから
「ありがとう、愛しいよ って思いながら作るのよ
野菜や果物を育ててくれる太陽も雨も土も風も愛しいよ
そしてね、この歳になると与えることがどんどん幸せになってくるの
してもらうよりしてあげたくなるの
あんたたちもそのうちわかると思う
今の私の生活は愛しいものに囲まれてる
まぁ、もちろんダーリンが一番だけどね」
そう言ってK子さんはいたずらっ子のようにダーリンTさんにウィンクした
Tさんは若い頃は色男でぶいぶい言わせたに違いない
端正な顔をくしゃくしゃにして笑った

三日月が輝き湖から涼しい風の吹くいい夏夜だった

今回はバクとナミンで思い出深いお宿の話をしています

豆腐チゲの残りでお雑炊を作りながら
春に咲くお花の種を仕込みながら
昔にもらったバースデーカードを眺めながら
聴いてくださったらうれしいです

今回のタイトルの写真はお友達の川野モーリーさんの作品です


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