広瀬和生著「噺は生きている」感想
江戸落語で古典と呼ばれている「芝浜」「富久」「紺屋高尾・幾世餅」「文七元結」について各演目を代表する演者が施した演出について論じた著書。なかでも「文七元結」については本演目の祖とされる圓朝を始め、圓生・八代目正蔵・志ん生・五代目小さん・志ん朝・談志・五代目圓楽・小三治等総勢18名の演出について、本書の全ページ数のおよそ半分を費やして述べられており圧巻だ。
逆に言えばなぜこんなに演出に差が出るのか、ということになる。
文七元結 あらすじ
現代人としてどうしても引っ掛かってしまうのは「我が娘を担保にして借りた大金五十両を身を投げようとしてる見ず知らずの他人のために差し出してしまえるか」という点であり、この点をどのように説得力を持たせるか・かつて江戸っ子が持っていた美意識をどうやって聞き手に理解させるかといった点に過去・現代の演者たちがどれだけ創意工夫を重ね苦心してきたかが
著者の膨大な落語音源聴き取り作業を経て語られている。
著者である広瀬氏は近年落語関連の著作も多く、落語評論・落語会プロデュースといった方面で活躍されている方だが、元々はヘヴィメタル雑誌「BURRN」の編集長であり落語界からみれば一観客・門外漢だ。
その広瀬氏以前にこういった演者ごとの落語演出について論じた著作はなく、いわゆる落語評論家と言われる人たちは何をしていたのか?という気持ちになる。
とにかく前述した著者による音源聴き取り・加えて分析/分類に至る作業量を考えるに凄まじい愛情を持って書かれた一冊であると思う。
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