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高まる「人的資本経営」と情報開示の重要性

人的資本経営と経産省の動き

先行きが見通せないVUCA*1の時代、企業の競争優位を支え、イノベーションの創出を通じた持続的な企業価値の向上を支える原動力は「人」であり、「人」を根幹とする人的資本経営の重要性が益々高まっています。

*1:VUCA(ブーカ):Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から成る造語。
ビジネス環境や市場、組織、個人などあらゆるものを取り巻く環境が変化し、
将来の予測が困難な状況を意味する。

人的資本経営とは、これまで資源(Resource)として捉えられることが多かった人材を資本(Capital)として捉え、人材に投じる資金をコストではなく、価値創造に向けた投資として捉える考え方に基づく経営です。

経産省は、昨年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」を基に、日本企業への人的資本経営の実装を目的とする「人的資本経営の実現に向けた検討会」(座長 伊藤邦雄 一橋大学CFO教育研究センター長)を立ち上げ、7月1日に第1回会合が開催されました。

「人材版伊藤レポート」では、持続的な企業価値向上に向けた経営戦略と人材戦略の連動の重要性、人材戦略の策定・実施において各ステークホルダー(経営陣、取締役、投資家など)が果たすべき役割などが提示されました。

これを受けて本検討会では、これら主要課題について、今後の対応の方向性や各ステークホルダーが実施すべき具体的な取組などが議論されます。

人的資本を重視する背景

近年、企業価値を決定する要因が有形資産から無形資産に移行しています。

企業がイノベーションを生み出し、企業価値を高めるために、施設や設備等の有形資産の量を増やすことよりも、経営人材も含む人的資本、技術や知的財産等の知的資本およびブランドといった無形資産を確保し、それらに投資を行うことが重要になってきています。

米国S&P500(米国上場主要500銘柄の株価指数)の市場価値でも無形資産が占める割合が年々高くなっています(1975年には17%だったが2015年には87%)。1990 年代後半からは、米国企業における無形資産への投資額が有形資産への投資額を上回り、その差が広がっています(「伊藤レポート2.0」)。

また、ここ数年、国内外の機関投資家も従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮したESG投資の重要性を認識し、持続的な企業価値向上のためにはESG要因を重視する流れが出来上がりつつあります。

ESG要因の中でも、特にS(ソーシャル)要因が企業価値に密接に結びついており、S要因のレーティングが高い企業は株価パフォーマンスも高いというデータもあります(第1回「人的資本経営の実現に向けた検討会」事務局説明資料

人的資本は無形資産でもあり、S(ソーシャル)要因でもあり、持続的な企業価値向上を目指す経営(サステナビリティ経営)における根幹を成すものです。

人的資本情報の開示を求める国内外の動き

一方、人的資本経営の透明性(情報開示)を求める動きが国内外で急速に進展しています。

① コーポレートガバナンス・コード
6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、「中核人材における多様性確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標の開示」(補充原則2-4①)、「自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識した人的資本投資等についての開示」(補充原則3-1③)、「経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル等を特定した上で取締役の有するスキル等の組み合わせ(スキル・マトリックス)を開示」(補充原則4-11①)など、取締役を含めた人的資本に関する情報開示が求められています。

② 政府の成長戦略
同じく6月に閣議決定された政府の成長戦略にも「人的資本情報の「見える化」の推進」が明記され、来年度に向けて人的資本情報の開示に関する政策の議論がなされることになりました。

③ 米国証券取引委員会(SEC)
グローバルでは、昨年8月米国証券取引委員会(SEC)が投資家からの要請に対応し、レギュレーションS-K(非財務情報の開示に関する規則)を改訂、同年11月から上場企業に人的資本情報の開示を義務づけています(*2)。

④ ISO30414
2018年12月には人的資本の情報開示に関する国際規格「ISO30414」が発行されました。ISO30414 は、国際標準化機構(ISO)のヒューマンリソースマネジメント専門委員会(TC260)が人的資源管理に関して、社内で議論すべき/社外へ公開すべき指標をガイドライン(認証規格ではない)として発行したも のです(*3)

コスト、リーダーシップ、組織文化、生産性、採用・異動・離職、スキル・能力など11分野58項目の定量化した指標で構成されています。人的資本RoI(税引前利益に対する人件費の割合)など人的資本の財務的効果を把握するための指標を掲載している点に特徴があります。

ISO30414は、人材流動性を前提とする欧米のジョブ型雇用をベースにして作られているため、日本でのメンバーシップ型雇用に基づく人的資本の考え方とは相違点もあるため、活用にあたっては注意が必要です。

まとめ(人的資本経営のポイント)

このように人的資本経営を巡る動きが慌しくなっていますが、押さえておくべき点は「人材版伊藤レポート」が指摘するとおり、経営戦略と人材戦略との連動です。

経営戦略とは、自社の企業理念やパーパス(存在意義)に基づく長期ビジョンからバックキャストし、中長期で持続的に競争優位性のあるビジネスモデルを実現するためのものであり、その実効性を人的資本の面から裏付けるものが人材戦略です。

経営戦略と連動した人材戦略の策定・実行のためには、戦略上重要な人材アジェンダ(例;DX人材の獲得、事業ポートフォリオ変革に伴う人材のリスキルなど)の特定、現状とのギャップの把握と改善・変革(トランスフォーメーション)、人的資本情報の開示(ISO30414などの国際的な枠組みも参照しつつ)およびCHRO(Chief Human Resource Officer)による投資家や従業員との建設的な対話などに取り組むことが必要です。

日本企業が、人的資本を巡る国内外の動向を注視し、経産省の取り組みなども参考にしながら、持続的な企業価値向上に資する人的資本経営に積極的に取り組んでいかれることを期待します。



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