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ひこうき雲の季節

「看護師はKさんの天職ですね」

ずっとそう思っていたけど、とうとう最後まで言えなかった。

 職業が看護師と聞いて、緊張しながら病室に向かったのを覚えている。初回の問診と身体機能評価の後、とても話しやすくて安心しながら病室を後にしたことも。

 Kさんは1歳と3歳の2人の息子さんを持つ40代の看護師で、急性リンパ性白血病に対して3回の骨髄移植をした患者さんだった。

 1回目の骨髄移植を終えて退院するときは、3歳の息子さんを高い高いするための腕の力をつけることを目標に運動を頑張った。2回目の骨髄移植の後は、1回目よりもはるかに動作時の息切れが目立ったが、なんとか自宅で過ごせる体力をつけて退院した。3回目の入院の前には、以前から希望していた通り息子さんと2人で東京旅行に行き、動物園や息子さんの好きな戦隊モノのイベントに行ったが、息切れをしてしんどかったと言っていた。3回目の移植は、移植前からかなりしんどかったが、亡くなる前日まで自分で歩いてトイレに行っていた。

 Kさんは少し変わった人だった。少々オタク気質があって、男勝りで、しっかり自分の世界を持っていた。でも優しくて、正直で飾ることをしなかった。看護師という仕事を一生懸命にされていて、熱量を持って話してくれた。とても面倒見の良い、患者さんから沢山感謝された看護師さんだったと思う。Kさんの良いところは、嫌なことがあってもそれを女性特有の黒い愚痴のように人に言うことはしないところだと思った。愚痴を言うよりも、自分はこう思うのだとしっかり言葉にして言うKさんは素敵だった。

 Kさんはいろいろなお話をしてくれた。今思うと、入院中のKさんと一番長い時間お話をしたのは私だと思う。食べ物のこと、政治のこと、仕事のこと、叔父さんのこと、息子さんのこと。最後まで息子さんを残して自分がいなくなることを残念がっていた。無念という言葉がふさわしいと思う。それを思うと胸が締め付けられるが、こうして私が言葉に残してみることで他の誰かの目に触れたら、少しKさんの生きた証が残せるのではないかなと思っている。Kさんが見せてくれた正直で真っ直ぐな生き方を心に置いて私はこれからも仕事をしようと思う。



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