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命の輝き

 手術後1か月。病棟1周を歩いて、休憩している時だった。
「やっぱり手術するんじゃなかった。欲張るんじゃなかった。わしは、もう寿命だったんじゃ。」
そう言われて、返す言葉がなかった。

 80代後半の食道癌の患者さんは、手術前から警戒していたハイリスク症例だった。高齢な上に、アスベスト肺、糖尿病、食道癌に対して放射線治療後の再発、サルベージ手術。最初から手術すべきじゃなかったといえば間違いない。

 手術前から他職種連携をし、各職種でできる介入をして手術に臨んだ。それでも、術後は肺瘻がどうしても治らず、ドレーンを抜去してまもなくCO2ナルコーシスになり、ICUに再入室した。一般病棟に戻って人工呼吸器をつけながら車椅子移乗、立位、足踏みまで行ったが、再びCO2貯留、意識障害となった。過酷な状況だったが、意識障害から何度も復活された。亡くなる数日前でも、ベッド上での運動で私の手を力強く足で蹴り返してくださった。

 「ずっと仕事一筋じゃったから、少しでも治る見込みがあるのなら、もう少し人生楽しみたいと思ってな」しかし。実に手術から3か月、病院から出られずに最後まで過ごすことになってしまった。手術しなければ良かった。本人もそう言われたし、ご家族も周りもきっとそう思っていた。手術して良いことなんてなかった。確かに、そう。

 ただ、私はこの患者さんの精神力や、車椅子に乗れた時の目の輝きや、人工呼吸器をつけて声が出なくても笑顔で頷いてくれたことや、細くなった足でも力強く歩こうとしていた姿を忘れることができない。自分より60歳上の一人の人の生き方をこんなに近くで毎日20-40分も感じさせてもらったことは、忘れられない経験となった。思い出や経験や体験なんて言ってしまうと薄くなる。手術はしなければ良かったけれど、私がこれをもとに次の患者さんの何かを救うことができるように一生懸命働けば、私を通してこの患者さんが次の患者さんを救ってくれるような気がするのだ。

 今日もこの患者さんを思い出すと背筋が伸びる思いがする。

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