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「学校行ってない」の反応

 息子が不登校であることを話す機会は、それなりにある。

元々の知り合いであれば、久しぶりに会った時に
「息子さんどう?学校大変?」など聞かれる。

仕事相手などで、中2の息子がいて、という話になれば
「夏休みは家にいるから親は大変ですね。宿題は多いんですか?」など
「暑いですね」と同じくらいのテンションで。

そんな時「学校行ってないんですよ」と目を見て答える。
相手の一瞬の反応を見て、その後の言葉を繋ぐ。
最近は「ゲームばっかりしてますけど、行ってた時より元気ですよ」と返すのが定番。なるべくフラットに。事実だし、元気ならまあいいか、と安心してもらえるので。

相手にしてみたら不意打ちをくらって、どう反応していいのかわからないと思う。特に私の性格を知っている人は、私がそのことでひどく悩むだろうことも察するだろうから。びっくりさせるのも、気を遣わせてしまうのも申し訳ない。
話したくない、聞いて欲しくないというわけでは全くないのだけど、困らせたくないので、つい短く切り上げたり、話題を変えてしまう。

「今はいろんな選択肢があるからね」「〇〇君なら大丈夫」「でも親は辛いよね」「繊細だもんね」「ゆっくりでいいと思うよ」などの反応が多い中、

「お疲れ様です!」
と明るく言った人がいた。その人のお子さんも元不登校とのこと。でも、年齢も事情も違うので、共感というよりは、励まされて終わった。同じ境遇の人と話したいなって思ってたけど、やはり十人十色だしその共通点だけで親しくなれるというものでもない。

「頭が良すぎるんだね」
という人もいた。勉強云々というより、感性や勘の鋭さを指しているそうで、えっそうなの?って、違う角度から我が子を観察してみたり。しかしそれは一般論なので、我が子が実際そうなのかはちょっとわからない。

「お母さん、優しいからー」
っていうのは、辛かったな。甘いから、行かないのを認めちゃうからダメなんだよ、ナメられてんだよって。本音だよなー。口に出せてすごい。

「普通の子ほど、行っておいた方がいいのに」
というのもあった。何かの能力が突出しているとか、学校行く間も惜しいくらい夢中になれるものがある、将来もそれでいける、とかあるならいいけどって。そういうのが無いならひとまず義務教育は、できれば高校くらいは行っとかないと将来どうするの?と。まあね。

「また13歳だから、ただ見守ってるじゃーダメでしょ、子どもだよ」
も痛い。できることはやってきたつもり、そしてたどり着いた“ただ見守る“なんだけど、それこそ見守るのが一番難しいんですけど、というのは説明するのもやるせない。しかし、確かにやってるつもりでもまだまだ足りないんじゃないか、ほかにもやれることはあるんじゃないかと、またネット検索地獄に陥る。

それにしても、厳しい意見ばかり記憶に残ってるなぁ。あとは、いずれにしても最終的には「戻れるといいね」が根底にあるのを感じる。

一つ一つに落ち込んだり反省したりするのが疲れる。気にしなきゃいいのにね。気にせずいられたらどんなにいいか。
 
本音タイプの人とこの話題になると、またグッサリワードが飛んでくるかもしれないのでちょっと距離を取ってしまったり、逆に、なんて声かけていいかわからないからか以前より連絡をくれなくなった人もいて、その気持ちもすごくよくわかる。

学校行ってないことが「海外行ったことない」くらいになる日が来るとしたら、それはどういう条件がそろった時なんだろう。
学校以外の選択肢が増えるか、従来の学校スタイルが大きく変化するか。
コロナ禍で大人たちが「リモートで全然いいじゃん」と気づいたように。
そんな日も遠くない気がするけど、もう少し時間がかかるかな。

でも、こんな風に切実に悩む中からアイデアが出てくるかも。

不登校の子どもが目指したくなるような道を、今不登校でいろんな思いをしている子どもたちが切り開く可能性だって大きい。

自分は自分で考えて、悩んで、動いて、子どものことは見守るのみ。なう

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