見出し画像

小説「彼女は狼の腹を撫でる~第35話・少女と河童と尻子玉革命~」

「いいか、シャロ! これに着いた匂いを覚えて、追跡するんだ」
「ウァン!」

私と愛犬で狼のシャロ・ブランシェットは、かつて私でありシャロでもあったフェンリス・ハーネスの墓で手に入れた機械を修理した何者かを探している真っ最中。
聞いたところによると犬の嗅覚は人間の数十倍、狼も犬と親戚みたいなものなので嗅覚に優れているに違いない。おまけにシャロは世界一かわいいモフモフな上に、親馬鹿だと思われるかもしれないけどものすごく優秀なので、残された匂いを追跡するのも朝飯前どころか朝の起床前だ。
おそらく即座に走り出して、すぐに何者かを見つけ出してくれるだろう。

「ウァンウァン!」
機械の臭いを嗅いだシャロが、尻尾をぶんぶんと振り回しながら私に纏わりついてくる。
「シャロ、私じゃないから! 機械についてる私以外の匂いを追いかけるの!」
「ウァン!」
まったくどこまでもかわいいモフモフめ。
私はシャロの背中や頭を撫で回しながら、しばらくの間かわいいという概念を堪能したのだった。


私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。ブランシェット家の13代目。少し前まで失踪した母と実家から持ち出された狩狼道具を回収する旅をしていて、つい先ほど改めてもう少し旅を続けようと決心したばかり。
今はそんなことどうでもいいから、シャロと遊んでいたいっていう気分に変わったけど。



【カッパラッパ遺跡】というのは、大陸北部に存在する秘境だ。
人が足を踏み入れるには困難な泥濘の果てにあり、群生する背の高い植物が不自然に開かれた沼地を抜けて、巨大なカッパの石像が見えて初めて遺跡の存在を確認できる。

カッパというのはカッパだ。いわゆるカッパだ。頭に皿が乗って背中には甲羅があって手足には水かきがある。身長は150センチくらいで、好きな食べ物はキュウリ。
時折人間の暮らす町に現われては、見ず知らずのおじさんに相撲という、円形のリングの上で互いにぶつかり合い投げ合う単純なようで奥の深い格闘技をしようと挑む。以前タヌチャッチャ地方の巨大な肉に包まれた女戦士の一族スマイトラシムの連中が、相撲と似たような競技をしていたので案外一般への普及率の高いものなのかもしれない。
ちなみに私も1回自分の5倍近い体重の女戦士と相撲をしたことがあるけど、その時は人間の技術と知恵の結晶、火力で勝利を収めた。

「人間だぁ! 人間が来やがったぜぇ!」
「おい、馬鹿。人間が来たら博士に報せるって決まりだろ、とっとと報告してこい」
「誰がバカだってー? バカってのはなぁー、他人にバカって言ったやつがバカなんだぜ、このバカがよぉ!」
私たちの前にふたりのカッパが現れて、なにやら口論を始め出した。ひとりは頭の悪そうなカッパでギャハギャハと元気に笑っている。もうひとりも別に賢そうには見えないけど、比較すると頭が良さそうに見えなくもない。
「なんだぁ? なに見てんだ、てめぇー!」
カッパの頭の悪そうな方がペたしぺたしと足音を立てて近づきながら暴言を吐いてくるので、ついうっかり反射的に頭の皿を押さえて膝を跳ね上げてしまう。
自分のこういう力任せなとこ、そろそろ治すべきなのではって気もするのだけど、出してしまったものは仕方ない。

「カパァーッ!」
カッパは独特な叫び声を上げながら亀のように引っ繰り返り、蛙みたいな姿勢のまま天を仰いでいる。
「あ、ごめん。ついうっかり」
「ついうっかりで膝蹴りするなんて、酷くないか!?」
カッパの片割れの言うこともごもっともだ。ついうっかり膝蹴りをしてはいけない、仮に膝でなくても蹴ってはいけない。
だけどそれを言うなら、出会い頭に初対面の頭に暴言を吐いてはいけないのだ。

「カッパ! 膝蹴りされたくなかったら、博士とやらのところに案内しなさい!」
こうなったら出たとこ勝負だ。博士が人間なのかカッパなのか、それともそれ以外の生物なのかわからないけど、機械を修理した何者かが博士である可能性は高い。というよりはカッパが直した可能性は、このふたりを見ている限り、限りなくゼロに近いくらい無いと思われる。


「博士はよぉー、すげえんだぜぇー。なんつーかよぉー、すっげぇんだよなぁー」
目を覚ましたカッパに道案内をして貰いながら、博士と呼ばれる人物が如何に凄いのかを聞かされているのだけど、カッパの語彙力は所詮カッパなので、いまひとつなにも伝わってこない。
カッパはよく喋る口が悪い方がラブ、あまり喋らない口が悪い方がピース。ふたりそろってラブ&ピ―ス、出会い頭に暴言を吐くとは思えない実に素敵な名前だ。
よく見るとラブの頭の皿にはハートの形が、ピースに人差し指と中指を立てた手が描かれている。

「このマークは人間が描いてくれたんだけどよぉ、尻子玉集めてカッパの国に行きてぇーって願ったら離ればなれになっちまったんだ」
「アネゴ、良い人だったんだけどなー」
このカッパたちはどうやら以前、人間と一緒に旅をしていたらしい。どんな人間だったのか知らないけど、さぞかし賑やかで大変な旅だっただろう。実際すでに五月蠅過ぎて、シャロが今にも噛みついてしまいそうな顔をしている。
「んでよぉ、博士はすげえんだよ。なんせ尻子玉革命を起こしちまったんだからよぉ」
はいはい、すごいね、なに言ってんの?


【尻子玉革命】
カッパだけが抽出できる生物の命の塊である『尻子玉』を、石炭や地熱や風力や電力の代わりにエネルギー化するという夢のような技術革命のこと。
現代の科学技術ではおおよそ不可能だと思われていた万能エネルギーを作り出せるそうだけど、この世界には人狼も悪魔も魔法もカッパだって存在するのだ、そういうものがあっても不思議ではない。

その尻子玉革命を成し遂げたのが、レンチナット博士。なんと尻子玉のエネルギーを使って尻子玉を培養して新たなエネルギーを取り出すという永久機関まで完成させてしまったのだとか。
それほどの技術の持ち主なら、壊れかけた機械を直すくらい造作もないか。



「着いたぜぇー、ここが博士の住んでるところ。すげえだろぉー!」
ラブが指さした先には巨大なカッパの頭を模した金属製の建物があり、その屋根の上では白衣を着たひとりの女が妙な装置を空に向けている。
「博士ぇー! 人間が来たぜぇー!」
「人間?」
博士は私たちのほうを振り返り、右手を掲げて指を鳴らすと、足元から板を何枚も重ねたような機械がふわりと浮き上がり、ふよふよと音を立てながら私たちの頭上まで飛んでくる。これも尻子玉を利用した機械だろうか。この程度の距離なら歩いてこいって思うけど、技術の進歩はいつだって自堕落な精神とは切っても切り離せない。
そういう意味では実に研究者向きの資質といえる。

「よく来たね、13代目ウルフリード・ブランシェット。待ちくたびれて、うっかり対空尻子玉砲を完成させるところだった」
博士は私を見るや否や、すぐさま私の名前を呼んで両手を広げてがしっと抱きしめてくる。
研究者という人種は変人なのか、距離感が狂っているのか、それとも密着することで何か研究の材料にしているのか、なんにせよ鬱陶しいから離れて欲しい。ぐいっと両手を伸ばして博士との距離を開く。
「ああ、そうか。この姿じゃわからなくて当然か。よし、ちょっと待ってて」
博士はバタバタと白衣の余った袖を振り回しながら建物の中へと機械を進ませ、数十秒後には椅子に座った全身に細い管が繋がった、頭には鉄仮面のような物体を被せられた、首から下が骨と皮だけに等しい老人を連れてくる。老人の座る椅子の上には白色に光る直径1メートルほどの球体が浮いていて、細い管は全て球体に繋がっている。

「あの、えーっと、誰? そもそもあなたも誰?」
どうだと云わんばかりに老人と球を見せられてもさっぱりわからないので、老人と博士を交互に指で追いながら問いかける。
万が一にもブランシェット家の関係者だったらちょっと嫌だなとか思いながら。
「知らねえのかよぉ! このお方がレンチナット博士、その人だぜぇー!」
「博士はなんと機械王って異名も持ってる天才なんだぜ!」
カッパたちがギャハギャハと騒ぎながら博士の乗っている機械を持ち上げて、えっさほいさと奇妙な単語を掛け合いながら上下に動かしている。
カッパたちの頭上ではレンチナット博士が自慢げな表情で私とシャロを見下ろし、彼女に向かって警戒心を最大まで高めたのか怒涛の勢いで吠えている。

機械王という異名には私も聞き覚えがある。
幼少の頃から飛びぬけた頭脳と奇想天外な発想力で、当時の機械技術、特に武器や兵器の分野において数世代を加速度的に進歩させた天才技師。ブランシェット家の狩狼道具を有り得ないほど小さく格納する技術を開発したのもその人で、他にも飛行船や遠隔通信の技術、発動機の開発などの民間に禁じられた数々の発明も成し得た知る人ぞ知る偉人だ。
でもあり得ない話だ。機械王がもし私の知る機械王であればすでに100歳に到達しようかという老婆のはずだ、なんせ機械王は10代目ウルフリード・ブランシェットの異名。
そして10代目は私の曾祖母なのだから。

私は改めて椅子に座った老人に目を向ける。ガリガリに痩せた朽ち木のような老人だ。年齢は60や70では済まない、それ程の老の域に達していると思われる。
鉄仮面の下からかろうじて見える老人の口元が、私の表情を読み取ってにやりと笑ったように見えた。
「その通り、私が機械王で彼女もまた機械王だ」
レンチナット博士が老人の座る椅子に肘を置いて体重を預けながら、ぶかぶかに余った白衣の袖越しに私を指差す。

弟子? 10代目の技術を継承した弟子とかそういうのだろうか?

しかし想像はいつだってちっぽけで、現実は容易く自分の埒を突き破ってくる。


ブランシェット家は300年ほど前に狼の悪魔の腹を鋏で裂いた少女と狩狼官を祖とする、代々呪いと狩狼官の仕事を継承していく呪われた一族だ。狼の呪いは子々孫々、たったひとりの娘しか産まれないというもの。今の時代では別にどうでもいいような呪いから解放されるため、歴代のウルフリードたちは様々な戦いや試行錯誤を繰り返してきた。
特に9代目ウルフリード・ブランシェットこと『残酷の魔女』はあらゆる実験を繰り返し、多くの犠牲者の屍を築きながら呪いの解明に生涯を費やしたという。

さらにその娘、10代目ウルフリード・ブランシェットこと機械王は、歴代当主たちが作り出した数々の狩狼道具を飛躍的に進化させて、数多くの道具を携帯する独自の技術まで生み出した。
しかしそんな天才も、10年以上前に老いという致命的な問題に突き当たった。これ以上老いてしまったら、暴走する山賊のような自分の娘と、ブランシェット家的には有り得ない人狼なる狼の悪魔の血を引く種族を腹に宿してしまった孫娘の、いずれ訪れるであろう致命的な衝突を止めることが出来ない。

そこでひとりひっそりと人里離れたカッパ渓谷で隠遁し、世界に決してもたらしてはいけない禁忌の技術『人造生命の創造』に着手して、カッパたちを飯や風呂の世話などで馬車馬以上に扱き使いながら持てる時間のすべてを研究に費やし、自身の記憶と技術のすべてを、複製した全盛期の自分自身へと移植することに成功した。

その複製品がレンチナット博士であり、その過程でいつ尽き果てるか知れない弱々しい生命力の代用として生み出されたのが尻子玉革命であり、今まさに風前の灯火のような老人の命を代用している球体が尻子玉なのだ。


「だけどだ、私は一手間に合わなかった。現実はいつだってそうだ、いつもいつも技術の一歩も二歩も先を進んで、困難も問題もなにも解決させてくれない。まったく嫌になるよ」

白衣の袖をぶんぶんと振り回す姿は、とても実年齢100歳近い老人とは思えないけど、健全な肉体に健全な精神が宿るように若い身体には若い精神が宿るのかもしれない。
しかし機械王の名前の通り、あくまでも基本的な興味は機械にあるのか、袖の中から大型のレンチを取り出して、やれやれと溜息を溢しながら手近な機械を修理し始める。

「そうだ、ひ孫ちゃん。壊れてる機械があったら直してあげよう、お小遣い代わりにね」
「私はまだあなたが曾祖母だと信じ切れてないけどね」
こんな荒唐無稽な話を易々と信じるほど馬鹿ではないけど、こんな荒唐無稽な話で騙せると考えるような馬鹿もいるわけがないので、きっとおそらく多分本当にそうなんだろうなあとは思ってるけども。

それに……もし本当にブランシェット家の狩狼道具を修理できたら、彼女が機械王その人であるという証明にもなる。

私は手持ちの道具の中から壊れてしまった【マスティフⅡ型オルトロス】【赤ずきんメイジー】【剛腕のダッデルドゥ】を取り出して展開し、彼女の前にがしゃがしゃと音を立てながら並べてみせた。


「でよぉ、俺たちはここに辿り着いた時に博士と出会ってよぉ」
「メガカッパロボと引き換えに部下にしてもらったんだ」
カッパふたりが乗り込んで操縦する類の二足歩行のカッパ型機械兵を自慢してくる。機械兵は二人乗りでひとりが手足などの動きを操縦し、もうひとりが火器管制を担当するらしく、背中の甲羅部分に大型の大砲を背負っている。
ちなみに動力は尻子玉、大砲の弾も尻子玉を応用したものだそうだ。
それまで引っこ抜いた腕を振り回したり、甲羅を盾にして外敵から戦っていたカッパたちには、飛躍的な技術の進歩であり驚異的な戦力の増強であったため、すべてのカッパが博士に心酔して無条件で部下となってしまった。
そしてカッパの王国とも呼ぶべき、小規模ながらも十二分な戦力を備えた集落を形成してしまった。

「本当はこんなことしてる場合ではないのだけどね。でもまあ、ものは考えようだ、こんな場所でも孫が娘から隠れるくらいには役立ってくれた」
「母さんがここに来てたの?」
「何度かね。私に衝突する娘と孫を止めるほどの力はないけど、逃げる時間稼ぎくらいはしてあげれるからね」
そう言って白衣の袖を捲くって、子どものように細い腕を見せてくる。どうやら複製した体は酷く脆く弱く、齢60を超えてもなお衰えることを知らない、幼少の頃から身体能力に優れるばあさんと戦えるような代物ではないそうだ。
「ま、私は親や娘とは違って、昔から運動は苦手だがね」
複製体の脆弱さを差し引いても、その動きはたどたどしくお世辞にも運動神経が良さそうには見えない。

「私は昔から戦いが下手でね、そのおかげで研究ばかりしたもんだ。おかげで狼の呪いにも随分と詳しくなったがね。例えばこれは呪いを可視化する装置なわけだけど」
博士は四角い端末が取り付けられた単眼鏡を右目に装着し、玩具を自慢するように私に向けてレンズを光らせる。
「ふむ……ひ孫ちゃん、今夜は泊っていけるかい? 折角こんなところまで来たんだ、名物のカッパ巻きでも振る舞ってあげよう」
「いや、カッパは食べないよ」
「カッパ巻きはカッパを食べるわけじゃないが?」
だったら何を巻くんだよって話だけど?

ちなみにカッパ巻きはカッパの好物である胡瓜を米で巻く、元々はずっと東にある別大陸から伝わった料理だそうだ。



私とシャロと三人でカッパ巻きを囲みながら、曾祖母はぼそりぼそりと語りだした。
何故母が失踪したのか、何故母は実家から狩狼道具を持ち出したのか、何故母は未だに帰ってこないのか、母は今どこでなにをしているのか――


「と、その前に、これをあげよう。修理が終わるまでの重り代わりにしておくといい」
そう言って渡されたのは、博士の母、9代目ウルフリードが最も得意としていた狩狼道具。背中に背負って左右の腕のように操る二本一対の連装砲。それと博士が開発した尻子玉を応用した携帯弾倉だった。


【辺境伯ベッテルハイム】
精神的抑鬱で苦しんだ辺境伯の処刑用の大砲を改造した砲戦ユニット。形状は背中に背負った可動式の連装砲で、肩越しでの左右同時発射も、左右の腕でそれぞれ撃ち分けることも可能。弾は徹甲弾と散弾の2種類。


【SRDタンク】
狩狼道具に直結するタイプの小型燃料タンク。使用時間の延長が主用途だが、体力の消耗を押さえることも、弾倉として武器の使用回数を回復させることも可能。


「さあ、渡すもの渡したし、ゆっくり話をしようかね」
博士はそう呟いて、丸々と太った胡瓜に塩をさらりと振ってガリッと齧り切ったのだった。



今回の回収物
・辺境伯ベッテルハイム
精神的抑鬱で苦しんだ辺境伯の処刑用の大砲を改造した砲戦ユニット。形状は背中に背負った可動式の連装砲で、肩越しでの左右同時発射も、左右の腕でそれぞれ撃ち分けることも可能。弾は徹甲弾と散弾の2種類。ベースカラーは紫。
威力:B 射程:A 速度:B 防御:E 弾数:20 追加:貫通(徹甲弾)
威力:C 射程:B 速度:C 防御:E 弾数:10 追加:―(散弾)

・SRDタンク
狩狼道具に直結するタイプの小型燃料タンク。使用時間の延長が主用途だが、体力の消耗を押さえることも可能。
また機械使い以外であっても、一定時間内であれば同等の性能を発揮できる。
SRDは尻子玉の略。
威力:― 射程:― 速度:― 防御:― 弾数:1 追加:補給


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第35話です。
ひいおばあさん登場回です。そして思いっきり次回に続く回です。
なるはやで書きますです。

カッパ兄弟のラブ&ピースは前に書いた短編小説「メガカッパガールVSジャイアント尻子玉」からのゲスト出演です。
尻子玉の力で別世界から飛んできました。スターシステム的な感じなので同一カッパかどうかは想像に任せます。
まあどっちでもいいんですけど。

では、次回に続きます。がんばります。

どうやったって荒くなるので、書き上がりをそのまま載せてるので、後で誤字があったらこっそり直します!(誤字はいつもこっそり直してますけどね!)