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小説「つまらぬ怪奇は麺麭より安い 第2話~虚舟~」

骨董屋の朝は早い。
世間からは珍妙なものを持ち込む客を待つだけの暇な仕事と思われそうだが、仕入れは毎朝のようにあり、おまけに仕入れ先は一筋縄ではいかない場所ばかり。その中でも特に厄介なのが海岸線だ。
紅い水の流れる大河の下流に位置し、狼の巣と呼ばれる鎖国状態の隣大陸と海で繋がるこの町は廃界と呼ばれ、上流からも彼岸からもこの世のありとあらゆるものが流れてくる。では流れてきたものがどこに辿り着くかというと、それは河口であり、激しい潮流に押し戻された海岸線に他ない。
多くの商人たちは物乞い同然の連中を雇い、人外戦術で以って、朝から海岸線を歩かせて価値のありそうな物を搔き集める。しかしボクは十把一絡げに商品を積み上げる趣味はない。
玉石混交などでは意味はない、玉だけを集めて、その中から更に価値の高いものを選りすぐる。
そうしなければ皇帝への献上品など見つかるわけもないのだ。

そう、ボクらは匪賊だ。フェイレンという新興の匪賊集団で、この大陸の支配者である皇帝の暗殺を目論んでいる。
これまでも何度か暗殺を試みたが、護衛が多過ぎたり城に籠られたり影武者を遣われたりと、どれも上手くいかなかった。
ならばと龍頭4人が集まって考え出した策が献上品だ。
この世で最も価値があると認定してもいい程の宝を探し出して、皇帝に直にお目通りを許して貰い、この手で皇帝に直接宝を献上し、護衛の数も距離も限られた絶好の状況で首を刎ねる。
そのために【森の黒百舌鳥】なる骨董品店を作り、価値あるものを集めているのだ。
暗殺したい理由は簡単。こんな苦界同然の世界で、生まれと血筋だけで偉そうに踏ん反り返っている馬鹿が嫌いだからだ。

そんなわけでボクは今日も朝から海岸線に向かい、とりわけ珍しい隣大陸からの漂流物がないか探しているというわけだ。
砂浜で硝子玉を探すような途方もない作業だけど、幸いにもボクは眼と運がいい。これまでに幾つもそれなりに価値のある漂流物と出遭えている。
翡翠や龍涎香が流れ着いた時なんかは、随分と儲けさせて貰った。皇帝に直接献上出来る程ではなかったけど、店の家賃や当面の活動資金には困らない程度には金になった。
そんな懐が豊かになる価値が拾える日は、朝からそういう予感に恵まれる。例えば猫がボクに対して優しいとかね。

そうそう、ボクは猫を1匹飼っているわけだけど、名前は朔(シュオ)で毛並みは真っ黒。目は緑色。雌で年齢は多分2歳とか3歳とかだと思う。奇形なのか尻尾がふたつ生えていて、片方は鉤の様に曲がっている。
珍しい猫だが、皇帝に直にお目通り出来るほどの珍品ではない。だからボクがネズミ捕り代わりに飼っている。
その朔が今朝ボクが目を覚ますと、珍しいことに両前足をぴたっと揃えて起きるのを待ち構えていたわけだよ。普段はボクが起こしても嫌そうな顔をするくせに。皿に餌を入れる音がして、ようやく起きるくせにだ。
それでだ、そういう珍しいことがある日は漂流物も良いものが流れ着いてくる、因果というのはそういうものなのだ。

「……どうでもいいですけど、よく喋りますね」
ボクの隣で朝から疲れた顔をしているのは、最近店番として拾った鶴翼という男。長い嘴のような仮面を着けて、手の甲から足の甲まであちこちに刺青を入れているのは、おそらく若気の至りというものだ。年齢は20歳でボクより5つほど若いので、徹底的に敬語を使わせている。
「そりゃあ喋るさ、何も無いにも程があるからな」
目の前の砂浜には、本当に何も無いのだ。廃界の海岸線は大体いつも塵と我楽多だらけで、無価値なものから稀に価値のあるものまで何かしら流れ着いているはずなのに、今日に限って一斉清掃でも行われたのか空き瓶ひとつ落ちてないのだ。
「波で削れて丸まった石くらいしか落ちてないですね」
「丸まった石や硝子も女子供に売れるけど、女子供はそもそもボクの店には来ないからな」
「見た目は女子供みたいなもんですがね」
「なんだ君、喧嘩売ってんのか?」

ちなみにボクの見た目は25歳とは思えないほど若く、若くというか幼く、10代半ばに見られがちだ。見た目は自分で言うことでもないけど美少女、もしくは性別不明気味な美少年、背も高くないし体の線も細い。
線が細いのは理由がある、ボクの暗殺技能が、暗器と身軽さを活かした空中での軽業に特化しているからだ。
たまに性別を聞かれることもあるけど、そういうのは明らかにしない方がいい場合が多い。世の中には少女を好む変態が多数派だが、意外にも少年好きの変態も少なくない。客の中にも変態は混じるので、はっきりさせてしまうと変態の危険度が跳ね上がることになる。従ってフェイレンの同志達にも明言するなと釘を刺してある。
どっちもいけるという筋金入りの変態は最早どうしようもないが、その域に達した変態は刻んで豚の餌にしているので逆に問題ない。問題しかないように思うが、問題にさえしなければ問題にはならないのだ。

「おい、鶴翼。あれはなんだ?」
ぶつぶつと世の変態共に悪態を吐いていると、海の向こうから潮流に乗った不思議な形状の物体が流れてきて、そのまま砂浜に突っ込んでぐるぐると回転して制止する。
形状は蓋を閉じた汁椀に似ていて、大きさは大人のひとりやふたりは優に入りそうで、材質は鉄のような金属。丸や四角の窓には硝子が嵌め込まれ、中では目を回した肌の白い女が波に揺られて酔ったのか、盛大に胃液の混じった吐瀉物を吐いている。
「鶴翼、その辺で何人か男手を雇ってこい。二人で運ぶには大きすぎる」
「承知」
鶴翼が即座に砂浜を駆けて、海岸沿いの民家に人を集めに向かう。こういう迅速な行動もボクの躾の賜物だ。

「さて、ボクはボクで仕事だ」

折角の珍しい漂流物を壊すのは勿体ない。中に人間が入っているということは、外から人間を放り込んで閉じ込める扉があるに違いない。いざとなったら硝子を割って、後でそれっぽく修理してしまうのも手ではあるけれど、そうすると価値が下がってしまう。あくまでも最後の手段だ。
しかし構造上、本来あるはずの開閉箇所が存在せず、よく見ると硝子窓にも細い鉄線が格子状に幾重にも編み込まれていて、窓は窓としての最低限の、ただ外の様子を窺う以外の役割を果たせず、出入り口の代わりにはならないらしい。
ということはだ、この椀のような船らしき物体の中にいる女は、中に入れられてから外から金属部分を溶接された、もしくは窓枠を取り付けられた、他にも幾つか思いつくが似たような形だ。
要するに牢獄に入れられた罪人みたいに閉じ込められているわけだ。

「……困ったな」

この女がどのくらい漂流してたかわからないが、まず罪人である可能性がある。罪人であるということは武器を隠し持っている可能性がある。
次に漂流期間が長い場合、船の中は尿弁吐瀉物さらに汗や体臭が様々に混ざり合った、尋常ならざる悪臭が充満している可能性が高い。さらには病気。この大陸に存在しない病原菌などを所持していた場合、決して衛生的とはいえない廃界の住人に蔓延すると死に至る危険がある。
そして罠の可能性。中にいる女が罪人の場合、絶対に助からないように強引に開けた途端に爆発する等の罠を仕掛けているかもしれない。ボクならそうする。相手をじわじわと苦しめて飢えさせるために、そういう手段を考えなくもない。
ならば、この船にそういう仕掛けが施されているかもと考えるのは、決して的外れな発想ではない。

口元に指を当てて思考を張り巡らせながら、船から離れて、浜辺に転がっている手ごろな大きさの石を拾い、試しに硝子にぶつけてみようと振り被ってみると、船の中からまるで擦り抜けるように女が転がり出てきたのだ。
「幽霊? それともそういう仕組み?」
わからないが、これは大いに有りだ。もし乗り手の意思で自由自在に擦り抜ける金属であっても、もしくは異国の女の幽霊であっても、皇帝に献上するに値する価値は十分にある。
「ヘロー、ベリプリティガァル、ハワユー! ドゥユアンダスタン!」
いいぞ、まったく意思の疎通は出来そうにない。これならば女も皇帝配下の役人も騙すのは容易だ。
適当に皇帝の妾になりたい異国の貴族です、とでも言っても信じてもらえるだろう。

とりあえずボクは、女を蛮女、船を虚舟と呼ぶことにして、とっとと店に運ぶことにした。


~ ~ ~ ~ ~ ~


「ヘイ、アイウォンステイク! ギブミィステイク! ハリハリハリィ!」
「なるほどね」
さっぱりわからない。言葉の構造がボクらのものとは違い過ぎて、さっきから何を言ってるかさっぱり意味不明だ。これだけ構造が違えば、この蛮女がこちらの言葉を理解するのにも相当な年月が必要だろう。
いいぞ、このまま何も理解しないでくれ。
「ワァオ! プリティキャット! カミンカミン!」
蛮女が朔を見て、意味はわからないが大声でなにやら喚いている。言葉が理解できないのは好都合だが、あまりこう騒々しいのはよろしくない。
皇帝の好みなど知ったことではないが、場合によっては門前払いにされる可能性もあるし、なにより店内で騒がれると朔が怖がってしまうのだ。
事実、朔がうーうーと聞いたことも無い、警報みたいな声で威嚇を始めている。

「店主、食べるかわかりませんが、適当に買ってきました」
「御苦労。食べそうになかったら捻じ込んででも食わせろ」
昔の奴隷商は街に辿り着く数日前から、商人である奴隷にたっぷりと飯を食べさせたという。飢えた者は売れない、鶏がらよりも豊満な果実の方が好まれるのは、いつの時代でも変わらない普遍的な真理のひとつだ。
鶴翼が机に並べた小籠包や炒飯や茹で蟹を前にして、蛮女は手掴みで次々と口に運び、あっという間に皿を空にしていく。
「異国の貴族で通用しますかね?」
「そこは文化の違いとかなんとか言えば大丈夫だろ」
おおよそ貴族の嗜みや振る舞いは身についてなさそうだが、そんなものは大した問題ではない。究極的には容貌が優れていて、胸と尻が豊かで、穴が開いていれば構わないのだ。

その点、この蛮女の外見には欠点らしき点が見当たらない。
髪は長く緩やかな輝く金色で、瞳は宝石のように青く、色は化粧をした遊女の様に白い。身の丈は並の男よりも頭ひとつは高く、世間一般で好まれるよりは年嵩のようではあるが、胸は舐瓜のように豊かに膨らみ、尻も大きく足はすらりと長く、腰は布で搾り上げたように引き締まっている。
他人の美醜に点数を付ける趣味はないが、高得点の部類なのは間違いないだろう。
声が甲高く騒がしいのは欠点と言えなくもないが。


しかし物事はそう上手く運ばない。
蛮女にはボクの想定外の致命的な欠点があったのだ。


食事を終えて、次は体を洗って綺麗な服に着替えさせるよう命じた途端、厳密には鶴翼が蛮女を案内しようと触った瞬間、蛮女はどんたとかなんとか解読出来ない言葉を喚きながら拳を振り回し、鶴翼をあっという間に殴り倒してしまったのだ。
まあ鶴翼も嘴のような面を被っているので、不審であり奇妙であり奇抜であるのは否定しようがない、とその時は軽く考えていたのだが、そうでないことはすぐに判明した。
町を歩かせれば、声を掛けてきた男たちに片っ端から殴りかかり、場合によっては執拗なまでに攻撃を繰り返す。さらに気性が荒く激しく、殴り返されても一切怯まないどころか、むしろ闘争心を昂らせて鼻血を垂れ流そうと全く意に介さない。
蛮女は筋金入りの男嫌い、なおかつ好戦的な暴力主義者だったのだ。

「イィトシッ! ディクヘッヅ、マザファッカ!」
相変わらず解読不可能な言葉を吐きながら、殴り倒した男に中指を立てている。
おいおい、こんなの予想外過ぎる。いくら美貌に秀でていても、手当たり次第に殴りかかるような女、皇帝に献上しようとする前に摘まみ出されてしまう。
とはいえ、言葉が一切通じない女を町中に放り出すわけにもいかない。
選択肢は限られてくる。適当な小舟にでも乗せて沖合に放り出すか、被虐嗜好の性癖を持つ金持ちを探し出して売るか、これ以上問題を起こされる前に消えてもらうかだ。
「おい、鶴翼。金持ちで性癖が捻じ曲がってて、理不尽に殴られることに喜びを見出す類の知り合いとか居ないよな?」
「そんな知り合いがいたら、すでに呼んでますよ」
「……だよなあ」
目の前では蛮女が馬乗りになって、通りすがりの男を拳の側面で何度も殴打している。仕方ない、消えてもらうしかないか。

ボクはそっと蛮女の背後に回り、首に腕を回し、肘の内側を頸動脈に押し当てて、一気に絞め落した。


・ ・ ・ ・ ・ ・


蛮女とたっぷりの水と食糧を積んだ釣舟が、激しい潮流に攫われて彼岸へと帰っていく。
ボクはフェイレンの龍頭で、匪賊で、れっきとした悪党だが、誰でも彼でも手を下すような真似はしない。平和に解決出来ることなら、血を流すことなく片付けてしまうのが一番なのだ。
それにだ、
「虚舟は単品でも献上する価値がありそうだからな」
浜辺には蛮女が残していった虚舟が転がっている。正確には気を失っている間に釣舟に乗せて、そのまま沖合まで曳航させただけなので残していったわけではないが、結構な金額を食費に使わされたので、利子つけて更に熨斗付けて返してもらったということにでもしておく。水と食糧と舟は釣りだ、有難く取っておけ。
あの後で適当な死んでも構わない連中を何人か集めて、鋸や鉄梃を使って窓枠を抉じ開けさせてみたところ、どうやら爆発や毒煙などの罠は仕掛けられておらず、内部を海水で念入りに洗い蒸留酒で徹底的に消毒したため、病気を貰う心配も無さそうだ。
ちなみに尿便や吐瀉物は不思議なことに残っていなかったそうだ。蛮女を外に出したように、内部の物を自動的に排出する機能でもあるのかもしれない。どのみちボクらの普段触れている文明とは異質過ぎて、原理などはさっぱり理解不能だが。

「朱雀様、虚舟が……」
「どうした……って、おい!? どうなってるんだ!?」

浜辺に転がっていた虚舟がゆっくりと回転しながら浮き上がり、上空で高速回転しながら沖合へと移動し、不思議な形容し難い色の光を海面に向けて発しながら、釣舟の上で目を覚ました蛮女を吸い込んでいく。
さらに虚舟は空高く舞い上がり、全体をびかびかと赤やら緑やらに光らせて雲の上まで上昇し、そのまま不安定な飛行を短時間行った後に、神隠しにでもあったように消えたのだった。

「おい、蛮女! その舟だけでも置いていけ!」
「レッミィスィンアゲイン!」

蛮女の声が山彦の様に響き渡り、ボクらの頭上を阿保を見下ろす鳥のように通り過ぎていく。
食事代、風呂代、服代、通行人への迷惑料、水と食糧、中古の釣舟、全部盗まれたようなものじゃないか。いや、この際、損などどうでもいい、元々そんなところでは生きていない。
折角の献上品が、皇帝を殺す機会が失われたことの方が問題だ。
「ぬあぁぁぁぁ!」
ボクは憤慨して砂浜を何度も踏みつけながら、悔しさを吐き出すように喚き散らしたのだった。


その日の晩、ボクは奇妙な夢を見た。
半透明な羽衣を纏った蛮女が、中指だけを立てた腕を斜め上に伸ばしながら、ひらひらと指差した方向に飛んでいるのだ。
「こんばんは、朱雀。少女だか少年だかわからぬのに可愛らしき者よ。あなたが勝手に蛮女と呼んでいた者です」
「見ればわかる。おい、散々飯を食わせてもらっておいて、虚舟を盗んでいくとはどういう了見だ!」
「実は私は、あなたの浅はかな企みに気付いていました。しかし私は寛大な心の持ち主なので、あなたのことは許してあげましょう。小籠包も炒飯も茹で蟹も美味しかったですから。あなたは運がいい、もし泥みたいな味のものを食べさせていたら、今頃そのちっぽけな町は地上には存在しなかったでしょう。私たちの国の科学力と、この大陸の技術力にはそれ程の差があるのです。あなたは結果として多くの人々の命を救ったのです。誇りなさい、そして自分の命をもっと大切にしなさい。そうですね、若いんだから恋とかしなさい。恋はいいですよ、鯉ではないので滝は登りません」
蛮女がくだらない駄洒落を口にして、ぶふぅと盛大に噴き出している。夢の中でまで迷惑な女だ。

「フシャアアア!」
蛮女の頭上から、全身の毛を逆立てた朔が飛び掛かり、後ろ脚で見事な跳び蹴りを披露する。
「やめなさい、ねこちゃん! ねこちゃん、痛い! やめなさい!」
朔が蛮女の頭に両の前脚を引っ掛けて、後ろ脚でどこどこどこどこ蹴りを連続で繰り出し、そのまま卒倒した蛮女の上で右前脚を掲げて勝利の余韻に浸っている。

「にゃー!」
「うん、よくやった……なんだこれ?」


変な夢を見たせいで、妙な時間に目が覚めてしまった。
まだ群青色に染まっている窓の外を見ると、雲の隙間から炎が溢れたような光が灯り、すぐに夜の闇に吸い込まれて消えた。

奇妙なことが起こるものだとボクは呆れながら、大きな欠伸をひとつ噛み殺して、再び布団の上に寝転がったのだった。


(続く)


є(・◇・。)эє(・◇・。)эє(・◇・。)эє(・◇・。)э

性別不明の店主と怪奇の話の第2話です。
怪奇といえばホラーになるのが定番ですが、よくよく考えたら別に怪奇とホラーがセットになっていなければならないわけでもないよねと……いや、単にコメディっぽくなっちゃっただけなんですが。

というわけで虚舟です。
蛮女の言葉はわかりやすく英語圏の言語にしてました。マザファッカ。
反省はしてますが特に改善は致しません。こういうのもアリでしょう、多分きっとおそらく絶対に。